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帰郷

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「OK、OK」基彦がギターを弾く手を止める。その合図を見て後の二人も手を止めた。
「郁さん抜けたらこれからどうする」
 基彦が話を切り出す。陽人とは長い付き合いだから、最近考え事が多いのが様子で分かる。日頃から陽人の進めてきた方法を賞賛していたのだが、確認したいことがあった。
「残ったもんでやりもって行こうな」
陽人が答える。陽人の中では一応の妥協点としているのだが、この答えにはここにいる三人の妥協点でなく、陽人自身も納得のいく回答でないことは重々承知している。
「まぁ、それでもいいんだけど……」
基彦はスッキリしない感じで言う。
「こないだ俺と宮浦とで話しとったんやけど――」
ここは先輩の郁哉が割って入る。一度基彦の方を向いて、陽人に話しかける。
「俺の都合でこうなってしまうのもアレなんやけど、いっそのことギミックを3つに分けたらどうだろうか?」
「えっ――、マジすか……」陽人は予想外ないきなりの言葉に驚いた。今まで原案は陽人が考え、バンドの方向性を決めるに当たっては、いつも三人で決めてきたので「二人で話していたこと」というのが気になる。咄嗟に横にいる基彦の方を見たが動じる様子なく、郁哉の話を黙って聞いている。
「宮浦、お前いつそんな話したん?」
「別に抜け駆けと違うぞ、俺だってそれなりに考えてんだ」基彦はそう言って陽人に答える。
「俺たち二人で続けるよりは、郁さんの考えはいいんじゃないかと思う。うまく説明できないんやけど――」
 基彦が言うにはこうだ。それぞれが活動をする。それぞれが経験を積み、気が合えばまた集まるだろう。いずれ活動休止するのは予定されていたのだから綺麗な引き際を望むということだ。この先もっといい活動ができればそれはそれ、回顧する機会があればまた一興、拙いながらもそう説明した。
「そういうお前はどうよ?」基彦が聞き返した。
「俺?んー、そうやね……」
 陽人自身の考えでは、曲は自分が書いている、ただ自分がドラムを叩きながら歌うというのは選択肢にない。
 そもそも陽人がギミックを結成するきっかけとなったのは、自らギターを弾いてヴォーカルをしたかったからだが、自分のイメージ通りのドラムを叩く人がいないまま、基彦たちと意気投合したことから結局ドラムに収まっている。案外これがうまい具合に進み、地元では有名になったのだった。
 しかし自分の理想とするドラマーがいればと考えるとなるとどうだろう?その問題については正直回答に困る。秤に掛けるとつりあうくらいだ。
 しかし今まで作った環境を壊したくはない、でもギミックは大きな岐路に立っている。実際に別のバンドを組むまでに至ってないものの、自分に合うドラマーを模索しているのも事実で、ギミックの活動と並行してやっている。
 陽人の秤が傾かんとしているのも否定しない。でも二人の手前言い出せない。結局は現状を保険にかけて新しいことを模索している自分に後ろめたさがあったからだ。
「言わんとすることは分かるけど、なんか、こう――、イメージないなぁ」
陽人は、二人の意見に肯定も否定もしなかった。自分自身の意見にもまとまりが無かったからだ。
「俺が首都圏の大学を志望しているのは知っとうよな?まぁ、まだ決定したわけちゃうけど……、とにかくさ、それぞれの活動をしていつの日か再結成!ってのはどうだ?」
郁哉は神戸を離れる、活動休止ではなく、ギミックの無期限的脱退を仄めかす。
「勿論俺は音楽を続けるよ。落ち着いてからだけど」
「いつの日かって、いつ?」
「未定だな。ただ言えることは、ギミック再結成の日まではね。思い入れがあるんだ、それなりに」
 今まで大きなトラブルなくやって来た三人。ただの仲良しクラブでもなく、意見することは遠慮なく意見してきた、仲間だからこそ、郁哉も基彦もメンバー変更とかでなく、三人で跳び立ったバンドのいい着地点を模索している。これを終わりにするのではなく次なるステップにしたいと思っているのだ。しかし、一方の陽人は二人と違って具体的にこれからのことは考えてなかったのだった
「まだもう少し時間があるから、もうちょっと考えさせてよ」陽人が提案した。二人は頷いて同意を示した。
「ちゃんと結論出すから……」今までバンドの運営をしてきた陽人がメンバーから求められる。逆の立場に慣れていない――。というより、今まで鼎立の関係でバランスを保っていたギミックであったが、終盤になってその力関係が微妙に変化しているのを陽人は感じた――。

 陽人はドラムソロで始まる曲のイントロを弾き出した。二人は併せて自分のフレーズを弾き出す。さっきまでの会話はひとまずお預けとなる。
 郁哉と基彦は陽人の心中を察した。二人とも「陽人が集めたバンド」である意見には変わりがない、だから彼に決断を委ねた。
 三人の奏でる、というよりはがなりたてる音がスタジオに響く。残り少ない活動時間。それぞれの考えはとは別に、ギミックの音は一つの束になる。
 がなり立てる音はどうにもならない世の中や自分、現状、周囲の環境への怒り、陽人が書いた詞は「だからといって気にするなよ」と言う諦めに似た優しさを表す。誰にだってやりきれない事がある。陽人は直接的な表現はしないが

  「環境の違いはあるが、人ってみんな同じなんだ――」

と言う。人はやりたいことのためにシフトする、誰だってそうだ。それができないときは考える、それでも駄目なら諦めるか、もがいているのかのどちらかだ。
 陽人は今、もがきながらも何かを模索し続けている。その中で音楽を創り出した。その姿勢がギミックの姿勢であり、今ここにいる二人を始め、同世代の賛同を得た。

   やってみなければ
   出来なかったことすらわからない
   それが分かるだけでも
   無駄じゃないんだよ

 陽人は自分の書いた歌詞を自分に言い聞かせた――。



作品名:帰郷 作家名:八馬八朔