帰郷
次は50字以内で思いを伝えるコーナーになった。国語の問題などで要点を纏めるあれだ。受験生の意気込み、好きな人への思い、将来の夢などリスナーの現在の心境を50字以内で杏奈が次々と読み上げては解説を付け加える。これもスタッフの学生が若者の考えていることを研究材料にするために始めたコーナーだそうだ。
それでは神戸市の倉泉悠里ちゃん11歳小学生から……
「お、悠里も参加出来たん?」朱音の声が明るくなった。
「えへへ、その時作ったら読んでくれたの」
大切な人たちに守られている。
今は守られているけど、
いつかは守ってあげられる、
私はそんな人になりたい。 (50字)
朱音は助手席に座っている悠里の横顔を見た。眼鏡を掛けている悠里の視野は横にはなく、姉の視線には気付かなかった。
「悠里も同じなんだね……」
「何が?」
姉の声を聞いて悠里は顔を横に向けた。いつものニコニコした顔だ。
「ううん、何でもないよ」
「変なお姉ちゃん」
悠里も陽人も現実を受け入れた上で自立しようと力強く生きている。『大切な人たち』の中に自分は含まれているだろう。本人は気付いてないが既に自分は妹に守られている事を感じているが、敢えてそれは言わずに微笑み返した。
陽ちゃん、今日はありがとうね。
ごめんごめん、悠里ちゃんもだね
「あとお姉ちゃんも」悠里が杏奈の後に続いた。
「それ先輩が言ってた」
それではまた来年、みんな応援してるよ!
シーユー!
ラジオから目が覚めるようなギミックの曲が流れる。曲が終わるか終わらない頃にはラジオの受信も悪くなり、三人は東京からどんどん離れていくのが分かる―。朱音はラジオを通じ、まだまだ子供だと思っていた弟たちが、徐々に大人である自分に近付き、否、もう追い付いているのかなと思うと、酷い家庭環境の下でもしっかり成長している事に嬉しくなった。
「篤信兄ちゃんも聞いとうかな?」
「お姉らが銭湯行ってる間に僕がラジオに出てるのは教えたよ」
「なら聞いとうやろうね」
篤信の性格なら必ず聞いているだろう。朱音は眉間に手を当てて眼鏡を掛け直し、ハンドルを握る手に力が入った。
学生の学生による学生のためのラジオ、カレッジ・ナイト・ネットワーク、頭文字を取って『CNN』朱音の親友、鞍掛杏奈が起案した、主に一人暮らしの学生の気持ちを繋ぐ週に一度のラジオ番組は、これから離ればなれになる篤信と朱音たちをも繋げた。
三人の話が途切れ、一瞬車内が静かになった。ラジオは電波を拾う事はなく、ただのノイズに変わっていた――。