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帰郷

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1 再出発



 西守篤信は東京の下宿に戻ることを決めた。今年もあと僅か、大学はすでに冬期休暇に入っているのだが、それでも戻ることを決めた。戻ったところで授業はない上、留年するであろう現状は何ら変わらない。しかし、このまま神戸で年を越しても好転しないどころか気持ちが離れてしまいそうだから、目標に向かって今すぐにリスタートすることに決めた。
 篤信は帰郷して、大切な人に再会して話を聞き、考え、自分を見直した。そして、一つの方向が見えた。

   遅れても構わない
   自分のしたいことを続ける――

見失いかけた自分、取り戻すなら今しかない、そう思った。落胆はない。むしろ篤信は人生ではじめての挫折を味わったが、それを受け入れることができたことで成長した自分が分かる。
 やらなきゃできるかどうか分からない、辛いことでもその先には優しさがある、傷つくのを怖がったら誰もわかってくれない。倉泉家の三きょうだいが教えてくれたことだ。

 篤信は倉泉家に電話を掛けた。長姉の朱音と話をするのが本当の目的だったのだが、本題は今日の夕方、妹の悠里を家に送って行ったときに、悠里を泣かせてしまったことを謝るためだ。
「もしもし、ああ、篤信君」
五回ほどのコールのあとに電話に出たのは朱音だった。声の主が篤信と分かると、声が明るくなった。
「ごめんね、音々ちゃん。今時間、あるかな?」
「いいよ」
朱音は先日のデート以来会ってないので少し緊張している。篤信が東京にいる間は月に一回あるかないかの電話でしか繋がっていないのに、今日の連絡がとても久し振りに感じた。
「悠里ちゃんなんだけど」
 篤信は今日あったことを朱音に説明しようとしたが、既に悠里から聞いているようだ。
「ああ、今日は送ってくれてありがとうね。悠里も喜んでたよ」
「……」
 篤信は答えられなかった。朱音の言葉ですべてが分かった。悠里はどこまで優しい子なのだろう、さっきの事は誰にも言ってないみたいだ。その事を思うだけで電話の会話に間が生まれた。
「何か言ってよ、黙ってたら分からないわ」
篤信は意を決めた。迷いはなかった。
「僕ね、東京に帰るわ――」
「え……」
 再び二人に間ができる。今度は朱音が考えた、篤信が神戸に帰ってきてから今までの事を――。自分が何かしでかしただろうか、あれこれと考えるがどれもが心配事なのだが、篤信が朱音の邪推を止めた。
「音々ちゃん心配しないで。神戸に帰ってきて、やっと目が醒めたんだ。それでね――」
篤信は話を続ける。
「帰る前にどうしても会って話したいことがあるんだ」
篤信は最後に朱音に会いたいことを仄めかす。朱音ならその意味が分かるだろうと思い、篤信は沈黙を待つ。
「いいよ、でも一つだけお願いがあるの。聞いてくれたら許してあげる」
「お願いって何?」
篤信は何を言われるか想像つかないのでドキドキしていた「許してあげる」という辺りが朱音らしい。
「私が篤兄ちゃんを家まで送ってあげる、いいでしょ?話は車で聞くよ」
意外な条件に篤信は目を丸くした。
「いいけど、遠いよ。それに仕事はどうするの?」
「知ってるよ、遠いのは。仕事は正月休みに入ったしね」
「そうなんだ。下宿まで遠いのは確かに知ってるよね」
篤信は笑い出した。返事はしていないが、朱音の中では決まっていた。車については西守先生に話せば問題ない。娘のいない先生は朱音の事をえらく可愛がり、概して彼女に甘い。
「ホントに、いいの?」
篤信は念押しする。篤信も突然決めた事なので、帰る手段をまだ考えていない。
「お願いしてるのは私の方よ」
「音々ちゃんには逆らえないや」
篤信の笑う声が受話器から聞こえる。それはOKの印だ。


作品名:帰郷 作家名:八馬八朔