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愛を抱いて 12

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家の外には、「ニコラス」の窓から見えた、あの赤い車が停まっていた。
車の中には、同じく「ニコラス」でチラッと逢った三人の女が乗っていた。
「私、免許持ってないから、彼女に運転をお願いしたの。
そしたら他の二人もぜひあなたにお眼にかかりたいって云うから、連れて来ちゃった…。」
私と四人の女を乗せて、車は発車した。

 車内に女の声が飛び交った。
私は見世物になった気分で、後部左座席に小さくなっていた。
助手席の女は、ヘッド・レストに片手を掛けてずっと後ろを向いたまま、時折私の方へ視線を送りつつ、何か喋っていた。
香織を挟んで私の右側に座っている女も、身を前に乗り出して私を観察しながら、盛んに口を動かした。
運転をしている女だけが、口数も少なく、私には唯一普通に見えた。
「…どうして鉄兵って言うの? 
本名じゃないんでしょ?」
助手席の女が云った。
「高校の時の友達が付けた仇名さ…。
昔、漫画に俺と同じ名字の主人公がいて、その主人公の名が、鉄兵って言うんだ…。」
「あら、そうだったの…。」
香織が云った。
「ほら、見えたわよ。」
右側の女が云った。
「あれよ…。
ね、大した事ないでしょ?」
右手の山麓にそれが見えた。
「いや、凄いじゃないか…。」
どこと言って特徴のない、ありふれた田園地帯の一角に、忽然と観音像は立っていた。
「そう? 
じゃあやっぱり、行ってみますか…。」

 「世樹子やフー子は、どうしてるんだい?」
私は訊いた。
「世樹子は友達と旅行に行ってるわ…。
フー子は彼とベッタリよ…。」
車を降りると、三人の女達は「私達、ここで待ってるから、二人で行って来て頂戴。」と云い、私と香織の二人だけで、観音像の中へ入った。
「俺が群馬に来てるってのに、薄情な連中だよな…。」
「世樹子はね、明日帰って来るのよ。
フー子は、もう夏休みも残り少ないから、一秒でも長く彼のそばに居たいみたいね…。
あなたは今日、東京へ帰るんでしょう?」
「ああ。
明日から、夏合宿があるんだ…。」
「私も今日、一緒に東京へ行こうかしら…。」
「世樹子やフー子と一緒の予定じゃなかったのかい?」
「別に彼女達と約束はしてないわ。」
「学校は…?」
「1日からよ。
少し早目だけど、もうこっちでの予定もないし…。」

 夕方、私は柳沢の家族に御礼を述べた後、柳沢の車で本庄の駅へ向かった。
ヒロシとドロは見送ると云って、相乗りした。
柳沢の車の後ろを、赤い車が走っていた。
午後から怪しくなっていた雲行きは、愈々本格的となり、駅に着く頃にはポツリポツリ来始めた。
「じゃあ、また、東京でな…。」
柳沢とヒロシとドロと、三人の香織の友達に見送られ、私と香織は上りの電車に乗り込んだ。
次第に激しくなる雨の中を、電車は南へ向かって走り出した。

 東京は雨の夜だった。
沼袋に着いて、二人は「ジュリアンヌ」へ寄り、改めて再会の祝杯をあげた。
「明日から旅行だってのに、雨とはな…。」
「涼しくていいじゃない。
金沢か…。 
私も行ってみたいな…。
でも私は、冬の金沢の方がいいわ。
雪が降ってれば、最高…。」
「今年の冬まで付き合いが続いてたら、二人で行こうか?」
「そうね。
冬まで続いてればね…。
冬って、一年の中で、一番素敵な季節だと思わない?」
「うん。
思う。」
「今が夏だから、冬が恋しいんじゃなくて、私はいつでも、冬が一番好きだわ…。
恋人同士になったら、冬を過ごさなければ意味がないって言うか、素敵な想い出は造れないと思うな…。」
香織は三栄荘に泊まる事になった。
その夜、我々は雨の音を聴きながら、激しく求め合った。


                          〈二四、素敵な街[後編]〉


作品名:愛を抱いて 12 作家名:ゆうとの