愛を抱いて 9
「さっき、バイトはしない主義って云ったけど、どういう事なの?」
テレビを視ながら食卓を囲んだ時、彼女は訊いた。
「バイトはしない事に決めてるんだ。」
「どうして?」
「俺達、卒業すれば厭でも働くんだぜ。
なのに学生の間から、好き好んで働く必要なんて全然ないさ。
しなくて済むのに、わざわざバイトして喜んでる連中は馬鹿だ。」
「また、大人の真似をしてる子供って云いたいの?」
「うん。
その通りさ。」
「学費なんかのために、必要でバイトをしてる人だっているのよ。」
「勿論そんな人々については、語るも恐れ多い事だ。
俺が問題にしてるのは、暇だからバイトしてる連中の事さ。
俺達は、ほとんどの者が、年を取るに連れて、周りの状況はどんどん悪くなって行くんだぜ。
夢が一つずつ消えて行くみたいに…。
悪くなっていると感じない人間は、何も感じない人間さ。
まだ自分が良い場所に居るものだから、悪い状況を真似てみる事に、快感を覚えるんだ。
いずれは自分の周りもそうなる事を、それが必ず悪い状況である事を、認識できない者は馬鹿さ。」
「そうですか…。
女の子に面倒をみてもらいながら云っても、あまり説得力がないわね。」
その日から香織は、私の部屋で私と寝起きを供にする様になった。
我々は朝眼を覚ますと、布団の上でセックスをした。
「起き抜けで、よくやる気になるわね。」
「君は厭かい?」
「厭じゃないけど…。」
「イタリア人は朝、セックスをするんだぜ。」
「へえ、そうなの。
ソフィア・ローレンも、そうなのかしら?」
「勿論そうさ。
だから、いつも眼の下にくま作ってる顔をしてるじゃない。」
彼女が作ってくれた朝食は、トーストと目玉焼きと、レタスとキャベツの刻んだのであった。
私は珈琲を煎れた。
彼女は紅茶の方が好きだったが、朝は私と一緒に珈琲を飲んだ。
朝食を済ませると、我々はまたセックスをした。
彼女は、ガラス・テーブルの上の皿とコーヒーカップを片付けると、部屋の掃除を始めた。
「部屋にいると、埃を吸っちゃうわよ。」
と彼女は云い、私はお金をもらって外へ出ると、パチンコ屋へ行った。
午前中のパチンコ屋は、客が疎らであった。
しばらくすると、掃除を終えた彼女もやって来て、二人でパチンコをした。
パチンコ屋を出ると、我々は西友へ行き、彼女は夕食の材料や日用品を買った。
三栄荘に戻ると、既に部屋の気温はかなり高くなっていた。
私はまた彼女の身体を求めようとしたが、肌を近づけただけで汗が出て来そうなので、中止した。
我々は部屋を出て、中野駅の方向へ歩いて行き、ブロードウェイの2階で遅い昼食を食べた。
「映画でも観ましょうか?
部屋に帰っても暑いし。」
「俺は止めとくよ。
君にこれ以上金を使わせるのは、忍びない。」
我々は丸井へ行き、涼しい店内をブラついた後、インテリア売場のソファーの上に長い時間座っていて、店員に厭な顔をされた。
夕方部屋に帰ると、彼女は夕食の準備を始めた。
食べ終えると、彼女は食器を洗ってから、オレンジ・ペコを煎れた。
私も一緒に飲みながら、二人でテレビを視た。
午後11時頃、我々は「神田川」を唄いながら銭湯へ行き、帰りに缶ビールを買った。
そして夜の遊戯を充分に楽しんでから、眠りに就いた。
〈一八、同棲週間〉