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まつやちかこ
まつやちかこ
novelistID. 11072
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sweet present

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『sweet present』

 4時限目終了のチャイムが大教室に鳴り響いた。
 皆があわただしく持ち物を片づける中、人一倍早く立ち上がり移動する姿もちらほらと見られる。今日はこれで試験が終わる学生が多いだろうし、明日から土日で連休だから、小休止を目の前にしたささやかな高揚感がそこかしこに漂っていた。
 「はあ〜やっと終わった。1週間なげー」
 「まだおんなじだけあると思うと嫌んなるけど、やっと休みだなー」
 隣に並んで座っていた、同じ学科の友人らが話す声にも嬉しさがにじんでいる。自分も今週の試験はこれで最後だが、すぐにサークルの部屋へ向かわなければいけない。
 「気分変えになんか映画観てくか。名木沢も行かね?」
 「いや、俺はサークルあるから」
 「あ、そっか。試合近いんだっけ」
 「練習熱心だよな〜おまえんとこ」
 しみじみと言われ、まあそうだなと自分も思う。試合前とはいえ、試験合間の貴重な時間をとことん練習に費やすサークルは珍しいだろう。そうは思ったものの、実際に口に出して答える手間は省きたかった。なぜかといえば。
 「あの、……これっ」
 息せききった声とともに、勢いよく何かが、すぐ横から差し出される。右隣は友人らなので必然、左の、大教室特有の階段状の通路からだ。
 「これ」を避けるべく、早く席を離れたかった。試験終了直後、ひときわ急いでこちらに向かってくる様子には気づいていたのだが、どうやら一足遅かったらしい。
 相手は女子学生3人組。小さな紙袋を差し出す一人を真ん中にして、他の二人が両脇から固めるように立っている。全員同学年のように見えるが、どの女子に関しても見覚えはなかった。
 紙袋のこちらから見える面には、小さなリボンがアルファベットを印字したシールで貼り付けられている。その文字の並びは今日何度も見かけた。正確には「見せられた」と言うべきだが。
 ……またか、と心の中でため息をつく。
 毎年2月上旬から中旬にかけて、後期試験は2週間行われる。今日は1週目の終わりの金曜日で、日付は2月の12日。
 そういったカレンダーの都合上、大学構内にはこの時期特有の空気が、休み前の高揚感の中に少なからず混ざっていた。こんなふうに、色濃くその空気をまとわせた女子学生の一方的な遭遇により、否応なく思い出させられる。今日3度目、いや4度目になるか。
 ……どうして誰もかれも、複数で来るのだろう。渡したければ本人だけで来ればいいのに、勇気のなさを補填するかのように友達を引き連れて。
 などと意地の悪い考え方になるのは、いいかげんうんざりさせられているからだ。相手に悪気はないのだろうが、試験の終了直後に押しかけてきて、貴重な休み時間をつぶすのは正直やめてほしい。しかも今朝から、毎時限ごとに同じ状況を味わわされているのである。
 すでに気分は、シールの「Happy Valentine」の文字で反射的にイラっとするところまで来ていた。
 ーーいや、この状況だけが理由ではない。迷惑しているのは事実だが、本当の苛立ちの訳は別なところにあった。
 いつの間にか、周囲は不自然なくらいに静まりかえっていた。女子学生の袋を持つ手はかすかに震えて、表情は引きつっている。両脇の二人は気遣う表情で友達とこちらを見比べている。
 隣の友人らをはじめ、まだ教室に残っている学生が、事態のなりゆきを興味深そうに見守る気配も感じられた。他人が軒並み注目する一点に自分がいる状況は、見せ物以外の何ものでもない。つまり居心地が悪い。
 だがどれだけ注目されていようと居心地が悪かろうと、返答自体は決まっている。
 「悪いけど、受け取れない。ごめん」
 言った瞬間、頬を赤くしている程度だった相手の顔が、耳まで真っ赤になった。その場で固まってしまった女子学生を、両隣の友人女子が気遣わしげにのぞき込み、次いでこちらにきつい視線を投げかける。周りの空気も凍りついたような気がした。
 袋を握りしめた相手の、目に涙が浮かぶ。それを潮にと立ち上がりかけた瞬間、女子学生の方が先に動いた。すなわち、口元を押さえて身を翻し、一目散に教室の出口へと駆け出した。置き去りにされた友人女子が、慌ててその後を追う。
 3人の姿が扉の向こうに消えた直後、教室内にざわめきが戻った。正確に言えば先ほどまでのざわめきとは質が違っているが。その代表とも言える声がすぐ隣から聞こえてくる。
 「うわあ、泣いてたぞあの子。やばくね?」
 「別にいいじゃんなぁ、受け取るぐらい。もらって損するものでもなし」
 話しているのは友人らだが、明らかにこちらの反応をうかがっている。そう察しはしたが今度こそ無視し、カバン2つを下げて出口に向かった。
 まったく無責任な奴らだ。バレンタインってのは好きでもない、なおかつ知らない相手からでもチョコを受け取るのが当然とでも言うのか。本来そんな行事なのか?
 そう思うのが当然の感覚だろう。と考えつつも、後味の悪さは拭えない。後ろめたさと自己嫌悪を否応なく感じさせられることに、また苛立ちが募る。
 せめて、変に間を空けたりせず、すぐに断るべきだった。もらえる物はもらっとけなどという奴らが少なからずいるが、そういうものではないだろう。昔ならまだしも、今現在、むやみにもらいたいとは思わない。明らかな義理扱いならともかく、真剣さの代弁としてのチョコは受け取るべきではないはずだ。相手の気持ちに応える気がないのなら。
 今、本気でもらいたいと思う相手は一人だけ。
 けれどどうやら、彼女からはもらえそうにない。今日も明日明後日も会えないことはわかっていながら、先週末に会った時、何も言われなかったし渡されなかった。これまでと同じくーー偶然にも同日であるお互いの誕生日も、クリスマスの時も。
 プレゼントを準備している素振りさえ、彼女は見せてくれなかった。もちろん自分はどちらの時も、機会を逃してはいない。付き合っているのだから渡しても不自然ではないはずだ。
 ……だが、付き合っているからといって、彼女に同じことを強制する権利はない。プレゼントを贈り合わなければいけない決まりなどないのだから。
 そう考えても、できれば同じようにしてほしい、彼女からのプレゼントがほしいという想いを、完全に消すのは難しかった。いちおう付き合っているのに、彼女はそう思ってくれていない、同じようには想ってくれていないのだと再確認させられているようで、寂しくて……
 煩悶しながら大教室の扉を開け、ロスした時間を取り戻すべく建物の外へ走り出そうと思った時。何気なく上げた視線の先に、意外な姿をとらえた。あまりに意外すぎて、なおかつタイミングが合っていすぎて、立ち止まってしまう。

作品名:sweet present 作家名:まつやちかこ