SECOND HALF
駅で俺を引き留めたカナとアパートに現れたカナ。幽霊だったんだろうか。俺は幽霊だろうとゾンビだろうと、とにかくカナに会えてうれしかったし、また会いたかった。
毎晩寝る前に、またカナが来てくれることを祈ってから寝るのが習慣になった。
でも、それ以来カナが姿を現すことはなかった。やっぱり俺の妄想だったんじゃないかって、思い始めていた。あんまりカナのことばから考えていたんで、幻を見たのかも、って。
俺の生活が少しだけ変わったその頃のある日。俺はどうしても終わらない仕事があって、休日出勤をした。なんとかその日だけで終わらせようと頑張った結果、夜9時過ぎに予定していた仕事が終わった。
で、けっこう疲れて会社を出たんだ。帰りの電車は休日の夜だけあって、空いていた。俺がシートに座って携帯電話をいじっていると、車内に怒声が響いた。
声が聞こえて来た方を見ると、同じ車両の端の3人掛けの席に座った中年の男が、隣を向いて何か吠えていた。かなり酔っているようだった。よく見ると、酔っ払いのおやじの向こうに女の子が座っていた。女の子は俯いて、体を縮めている。酔っ払いに絡まれて怯えているのかも知れない。
俺は特に深く考えることも無く立ち上がると、酔っ払いに向かって歩き出した。そして酔っ払いの正面に立って、その中年おやじを見下ろした。
俺に気付いた酔っ払いが俺を見上げて何かわめいたが、何を言っているのかよくわからない。
「あんた、みっともないからやめなさい。」
俺が酔っ払いにそう声を掛けると、酔っ払いは俺の足をがんがん蹴りながら、また何かわめいた。俺の頭の中で何かが切れた。
俺は酔っ払いの髪の毛を右手でがしっと掴むと、思い切り持ち上げた。メタボ体系の酔っ払いの体重は、おそらく70キロ程度だったろう。俺が力いっぱい引き上げると、酔っ払いの体が浮くのがわかった。俺の手の中で髪の毛の束がぶちぶちと音を立てた。
酔っ払いが俺の両腕を掴んで何か言った。どうやら離せと言ったらしい。俺は酔っ払いの頭を電車の窓に向けて放り出した。酔っ払いの後頭部が窓ぶつかり、大きな音を立てた。酔っ払いの目が俺を見上げる。その目に怯えの色が浮かんでいた。俺の体格にようやく気が付いたようだった。
酔っ払いは立ち上がると、俺の横をすり抜けて車両の反対側によたよたと歩いて行った。
今考えると、あの中年男もいろいろとストレスが溜まっていたんだろう。もう少し穏やかなやり方があったかも知れないと、今さらながら反省している。
作品名:SECOND HALF 作家名:sirius2014