俺の周りは曲者揃い!
第六話 理事長=意外!?
「ちょっといいかしら。」
時雨は最後の六限の授業が終わり、荷物を鞄に入れていたところに声が掛かった。本来なら、この後すぐ家に帰ってゆっくりするところだったが、突然呼び止められた声がそれを許さなかった。
時雨を呼び止めたのは、例のクラス委員長だった。
彼女は無表情で時雨を見据えていた。
しかし、改めて見ると、無表情でもかなりきれいな顔立ちをしていた。日本中広しといえどもここまでの域に達している女性ははたしているのだろうか。恐らく彼女はモデル路線にいっても贅沢な暮らしができるぐらい儲かるだろう。
そんな超絶美人な彼女がいったい何の用だろうと時雨の心は少なからず浮足だっていた。
「あ、クラス委員長だよね?はじめまして俺は柳」
「自己紹介はさっき聞いたからいいわ。それより一緒に来てくれるかしら?」
やたらきつい言い方だった。
そして、何かが時雨の中で砕けたような気がした。その何かの正体が時雨の抱いていた彼女の理想像だったことにすぐに気付いた。
「ちなみにあなたに拒否権はないわ。」
幻想を打ち砕かれた時雨に彼女のこの言葉は砕かれた理想像をさらに粉々にした。
もちろん時雨もこんな言い方されて黙ってうなずくほど優しくない。
こういう性格の女の子は誰かが説教してやらなきゃ変わらない。
だが…
「あ、ああ。」
時雨の口が紡いだ言葉は果てしなく情けない肯定の返事だった。
そしてその理由は、殺気が含まれているんじゃないかと思うくらいの彼女の鋭い眼光によるものであった。
「それじゃあ行くわよ。」
彼女はそう言うと身を翻し、教室のドアに向かっていった。
時雨も彼女に遅れないようについて行こうとした。そのとき後ろにいた渓の同情とも取れるようで取れない(若干笑っているようにも見える)表情で「頑張ってね。」と言われたが、適当に返事をして彼女について教室を出た。
桐谷第二高校は三階建ての高校としては普通の規模の学校だ。グラウンドがあり、体育館、武道館、図書室などの高校に必要な設備は概ね揃っている。普通の高校にはないのと言えば場違いともいえる大きな西洋の時計塔くらいだろう。ちなみに旧校舎というありきたりな心霊スポットまで敷地内に存在している。
また、校舎は渡り廊下を挟んで西と東に分かれている。西は主に各クラスの教室や職員室がある教室棟で、生徒用玄関と職員用玄関があるのも西の棟である。対して東は主に図書館や美術室、実験室などといった特別教室がある特別棟となっている。
そして、時雨とクラス委員長は教室棟三階に続く階段を歩いていた。
「どこに向かっているの?クラス委員長さん。」
「雪山姫香。それが私の名前よ。クラス委員長って呼び方あんまり好きじゃなないから普通に名前で呼んでくれるかしら?」
彼女は前を向いたまま時雨の質問には答えずに、自分の名前を答えた。
雪山姫香。それがクラス委員長の名前。雪のように白く綺麗な肌は名字とミスマッチしており、容姿もまるで一国の姫君のように美しい。彼女の名前と容姿はかなり比例していた。
………性格についてはとりあえず置いておくことにしよう。
「えっと…じゃあ雪山さん、俺たち今どこに向かっているわけ?」
本人の希望でもあり、名前を知ることができて若干ながら浮足だっていた時雨は早速名字で尋ねた。
「理事長室。」
彼女は短く答えた。
その短い答えは時雨の表情に狼狽の色を浮かばせた。
「は?え?理事長室?」
「そうよ。転校初日から何かやらかすなんて呆れを通り越して尊敬すら感じるわ。」
「いやいやいや、そんな転校初日から尊敬されるぐらいのことをやらかす勇気を俺は持ち合わせていません…」
転校初日で問題を起こし、悪いレッテルを張られて一年間乗り切る自信を時雨は持ち合わせていなかった。
悪いことで呼び出されたわけではないと祈りながらも、理由究明のために高速回転している時雨の脳は一つの原因を導きだしていた。いや、導き出してしまっていた。
(もしかして…昨日のことか…)
そう、昨日の電車の件だ。
「まあ、とにかくあなたを呼び出したのは理事長よ。そこのとこ覚悟していたほうがいいかもしれないわね。」
(落ち着け。あれは明らかにあっちが悪かったんだ。そりゃあ少し制裁与えたけどそんな病院にいくよう怪我は負わせてないはず。ということはあの子がお礼に来たとかか。いや、でももしかしたらあいつらの制裁が強すぎて変に怪我を負わせてしまったのか。いや、でも手加減したから大丈夫なはず。大丈夫なはず。大丈夫大丈夫大丈夫…)
他人のことなどまったく気にしていない姫香は、原因を導き出してしまい顔を青ざめながらブツブツと呟いている時雨に振り向きもせず、ただすたすたと歩いている。
三階の階段を上がって約一分。
時雨と姫香は立派な扉の前にいた。
その立派な扉の上にはこれまた立派な『理事長室』のプレートが掲げられている。
姫香は迷いなくその立派な扉をノックした。
「三年二組の雪山姫香です。柳崎時雨を連れてきました。」
姫香はまったく臆さずに堂々としている。対して、時雨は胸に手を当ててごくりと唾を飲んだ。
「どうぞ。」
姫香がノックしてすぐに扉の向こうから綺麗で高い声が返ってきた。
「失礼します。」
立派な扉がゆっくりと姫香によって開けられていく。
高級感のある良い香りが鼻につくと同時に部屋の中が露わになっていく。
まず高級そうなテーブルとソファーがあり、その奥に一際大きな理事長専用机の椅子に座っている一人の人物。
その人物の顔を確認した瞬間、時雨の頭の中にあった様々な思考は一瞬にして吹き飛んだ。
そして、自分が今どんな表情をしているのか時雨には分からなかった。
それほどまでの動揺。驚愕。
理事長席に居座っている人物は時雨の表情を楽しんでいるのかニッコリと笑っていた。
そして笑いながら昨日聞いた声が発せられる。
「昨日はどうも。柳崎時雨君。」
学校トップの席から時雨に向けて微笑んでいる少女は昨日の電車の子、夢月叶だった。
作品名:俺の周りは曲者揃い! 作家名:帝 秋吉