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ゾディアック 9

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~ 62 ~

ギーーー・・

背後でドアの軋む音がした。
顔を上げると、炎の中に人形を抱えた金髪の少女が立っていた。
パイプオルガンの音と共に、私の方に近づいて来た。

シャロン城でモーリィが教えていた公女だった時のミクの前世だ。
彼女の抱えた人形は、ブルネットの髪を束ね青いドレスを着た
前世のモーリィに似ていた。 

少女の瞳に映るのは、燃え盛る炎の中で絶叫が呼だまする地獄の世界。
愛と平和に生きる女神の信仰心を教えた憧れの女教師は、
この時から、少女の中で悪魔に変わった。

ココロヲ ダシテハイケナイ ・・
ナカヲ ミテハイケナイ ・・

「 大丈夫、きっと還れるさ 」
私は彼女の金色の前髪に、そっと触れた。

その時、フラッシュバックが起こり、煉獄の黒い炎は消え
パイプオルガンの音も阿鼻叫喚の叫び声も、
鳩尾から焼け広がる私を包んでいた炎も消えた。

部屋は元の更衣室に戻っていた。
私の側にはミクが座ってお菓子を食べていた。

「 あんた・・ さっきお腹痛そうにしてなかった? 」
私はミクの食いっぷりに怪訝そうに聞いた。
「 さっき トイレ行ったから・・ 」ミクは無心に菓子をほおばった。
まるで何かから逃れるように、食べ続けた。

「 最近見た夢 何か覚えてない? 」私は聞いた。
バリバリ・・菓子を食べながら、暫くしてミクが言った。
「 そういえば、部屋に水が入って来て、天井まで届いて溺れそうになる夢を見ました 」

「 部屋は自分の存在する場所で、水は感情を表す。
あんたが 本当の心を取り戻す時が来てるのさ 」
私はそう言うと、ミクの菓子袋を取り上げた。


その夜、夢を見た。
小さな女の子が、芝生の上に座って人形遊びをしていた。
それは・・ 子供の頃の私だった。

政府機関の秘書をしていた母の仕事が終わるまで、
庭の木陰で人形遊びをしながら待っていた。
私を呼ぶ声がして、振り向くと木漏れ日の中に
優しく微笑む母の顔が見え、石鹸のようないい香りがした。
私は人形を持って立ち上がると、母の白い柔らかい手を繋いで帰った。

ユシュリハ ゲンキ?

母が言った。
見上げると、白く眩しい光で顔がよく見えなかったが
繋いだ柔らかい白い手の感触ははっきりとしていた。

ユシュリガ・・
マリオン ユシュリガ・・
ユシュリヲ タスケテ

「 ユシュリ? 」私は目を覚ました。
時計を見ると、午前3時だった。
母はもう10年前に亡くなっていた、ユシュリは結婚した私の兄だ。
「 何故、母が兄の名を・・ 助けてと言っていた 」

闇を見つめながら、考えていると・・ ギョッとした。
暗闇の中に、ジッとこちらを見つめている人影が見えた。
人形を抱えた、金髪の少女が立っていた。

「 うわっ!何で・・ ついて来ちゃったの 」私は目を閉じて、布団を被った。
激しい悪寒と共に、気配が側でした・・
布団を引っ張りながら、少女の声がした。

ネエ、ミテ
ワタシノ カードミテ

「 カード?タロッシュの事? もう夜中だから・・ 明日ね、ミク・・ 」
私は目をつむって布団を剥ぎ取られないよう、しっかり掴んで言った。

バサッ・・ バサッ・・
何かを叩くような音がして、履いていた左足の私の靴下が脱がされた。

バリバリバリ・・
ラップ音が天井に鳴り響く中、私は再び眠りに落ちていった。


~ 63 ~

更衣室のドアを開けると、ミクが座ってお菓子を食べていた。
「 おはよー・・ 」
私は声を掛けて、服を着替えた。

鞄から カードを取り出し、ミクに聞いた。
「 タロッシュ・・持って来たんだけど、やる? 」

ミクは菓子を置いて「やるやる!やりたいと思ってたんですよ 」と言った。
あんたが昨夜来て、やりたいって言ったんだよね・・ 私は心の中で呟いた。

シュッ・・ シュッ・・
ミクはカードを繰ると、Tの字に5枚のカードを裏返して並べた。

「 一枚目、過去のカード 」私が言うと、ミクは恐る恐るカードを開けた。
カップの6、森へ続く道の途中に 古風な服装の男女が立ち、森の中にある家を見ている。 
過去世を表すカード。
過去から受け継いで来た者達との約束、カルマの清算、
因果を乗り越え再びバランスを取り戻す。
リオが私に持って来たカードと同じだ。

「 これを見て、何か感じる? 」私はミクに聞いた。
「 怖い森の中に・・ 誰も棲んでいない家があります。開けてはいけない家・・ 」ミクが言った。
「 じゃあ、この男女は 家を見ながら何してるの? 」私は聞いた。
「 あの家には・・ 昔、女の子が棲んでいて、もう亡くなったから・・ 入ってはダメと話ています 」

「この男女は、その娘の両親?」
「 ・・はい、でも父親は女の子より、男の子が欲しかった 」ミクは言った。

「 このカードが表すものは、今のテーマだ 」私は言った。
「 森は心の中を表し、家はあんたが本当にいる場所。父親と言ったのはあんたのアニムスさ 」
「 アニムス? 」ミクが聞いた。
「 あんたの中の男性原理だよ。女の子として生きられなかった心の抑圧 」

キーン・・ 高音のナディアと共に、私の眉間に光る菱型がクルクルと浮かび上がった。
ミクの肩の上に ポウッ・・ と軍服の女性が現れた。最期に訪れた、故郷の屋敷跡に立ちつくし
手にはピストルを持っていた。
彼女の心の中は虚無が支配していた。子供の頃から、男性として育てられ
父親の望み通り優秀な神経外科医になった。

頭に銃口を向け引き金を引いた。
瓦礫の中に倒れ込んだ死体の側に、人形を抱えた金髪の少女が立っていた。

ココロヲ ダシテハイケナイ ・・
ナカヲ ミテハイケナイ ・・

月光の翼を持つ天使が現れ、少女の手を取り
ニヤリと笑うと、次の転生へ向かって行った。

「 そういえば、私は父親との確執があります 」ミクが言った。
幻視が消えた。
「 二枚目のカード、今現在 」私が言うと、ミクはカードを捲った。

ⅩⅢ死神、甲冑を身に纏った骸骨が、軍旗を持ち馬に乗っている。
死。物事の終わりと新しい始まりを意味する。

ザワザワ・・ ザワザワ・・
何かが部屋に蠢く気配がした。

「 これを見て、何を感じる? 」私が聞くと
「 死・・ パイプオルガンが・・ 」ミクは怯えながら答えた。

「 ⅩⅢ 死神は、葬られた過去を思い出して 今蘇る 現在のカード。
闇を相手にするのは、光の印しでしかないんだよ 」私は言った。
「 ・・・ 」ミクは両手で頭を押さえ、何かから逃れようとしているようだった。

「 ミクが今、このカードを見て思った事・・ そのネガティブな価値観自体が印しってことさ 」私は言った。
「 死のイメージを示す このカードが? 」ミクが聞いた。 
「 死とは、この世界が恐れる 有るが故の喪失。だろ? そもそも失うなんてものは 存在してないのさ 」
「 失うが・・存在しない? 」
「 そうだ。あんたは 過去死に、その喪失体験に今も苦しめられてる 」

ザワザワザワ・・ 
暗黒の炎と共にパイプオルガンが鳴り響き・・金髪の少女が現れた。
作品名:ゾディアック 9 作家名:sakura