竜王号の冒険
しかしその砲弾は、イルフィたちが発する気の壁に弾かれて海面に落下した。
『!?』
とつぜん、竜の群れに再び殺気がみなぎった。カムジンのとった行動が、彼らの防御本能を呼び覚ましてしまったのである。
「……いけない! 彼を攻撃しないで!!」
イルフィは竜たちに呼びかけるが、生命の危険を感じた無数の竜たちの行動を一度に制止することは、ほとんど不可能に近かった。
数体の竜が、小型船に体当たりを食らわせた。
小型船はバランスを崩して、きりもみしながら海面へと墜落してゆく。
「リューガ!! カムジンの小型船を追いかけて!!」
『えっ? 追いかけてどうするんだよ?』
「決まってるでしょ、彼を助けるのよ」
『おまえ、何考えてるんだよ!! あいつは俺たちをこの世界ごと滅ぼそうとしたんだぞ。そんなやつ、助けてどうするんだよ!!』
「だめよ、あたしは彼を助けなきゃいけないの」
『だから、どうしてなんだよ!?』
「彼は……あたしと同じだから」
カムジンは、両親の復讐のために、この世界を滅ぼそうとした。
それは、テグの復讐のために、狩猟船乗りとして竜を狩ることを目指したイルフィ自身の心となんら違いはない。ほんの少し運命が違っていれば、彼とイルフィの立場はまったく正反対になっていたのかも知れないのだ。
「彼を見殺しにするわけにはいかない……そんなことをしたら、結局あたしたちはいつまでたっても、この憎しみの輪から抜けられなくなってしまうわ」
『ったく……おまえは昔っからお人好しなんだからなあ』
リューガが納得したようにつぶやいた。
『セリンが死ぬ間際に言ってたっけな。カムジンも、優しすぎたからこそ、憎しみに囚われたんだって……確かにそういうものかもしれんな』
「………………」
『よし、カムジンを助けに行くぞ。イルフィ、ソーマ、振り落とされないよう、しっかりつかまっているんだぞ』
竜王はすべるように海面に降下した。おだやかに凪いだコバルトブルーの海面にくっきりと映える小型船の白い船体は、わざわざ探すまでのこともなかった。
竜王を接舷させると、イルフィはリューガを伴い、小型船に移乗した。
カムジンは破損した船の操舵室の床に倒れていた。腹部に大きな損傷があり、セリンのものと同じ複雑な機械がそこに詰まっているのが見えた。
肉体が滅びても、その憎しみの念だけがこうして偽りの身体に止まり、ひたすらに復讐をなしとげるその時を待ち続けていたのだ。何百年も、たった一人の孤独に耐えて。 その永い年月を思うと、イルフィはどうにもやるせない気持ちになった。
カムジンは二、三度せわしなくまばたきすると、まったく抑揚のない声でつぶやいた。
「……メモリーデータに破損、通常動作を実行できません。サブメモリにキャッシュされたデータをロードします」
と、それまで浮かんでいた険しい表情が消え、まるで無垢な少年のように柔和な表情を浮かべる。
「父さん? ……母さん?」
目が見えないのであろうか。カムジンは何かを求めるように宙に向かって差し伸べた。
イルフィがその手を取り自分の胸に抱くと、カムジンは安心したらしく、深いため息をついた。
「父さん、母さん……僕、怖い夢を見たんだ。竜がが僕たちを襲って、父さんも母さんも死んでしまって、テアと二人っきりで……とても、とても怖かったよ」
今話しているのは、テルファス少年の記憶であることにイルフィは気づく。
彼女はカムジン・カラブランが、もはやどこにも存在しないことを知った。
「……だいじょうぶ、それは夢よ。安心なさい……テルファス」
イルフィがそう言うと、テルファス少年は満足げな笑みを浮かべた。
「うん……もう怖くないよ。父さんも母さんもいてくれる。だか……ら」
義体が激しくけいれんする。
「……もう、怖い夢を……見なくてもすむ……よね。父さん……母さん……」
「……テルファス!」
「……サブメモリ、データ消失。機能、完全に停止します」
ゆっくりと、瞳が閉ざされ……永かったテルファス・ファインの時間は、完全に停止した。
エピローグ
事件から半年後……ケアズの港町。
イルフィ・ランディスは、町はずれの丘の斜面に立ち、三つならんだ墓標に手を合わせていた。
新たにできた墓、それはセリン・ラーカンドとカムジン・カラブランのものであった。事件後、イルフィがリューガたちと共にここに彼らの墓石を建てたのである。
朝の日差しを受けて、海はコバルトブルーに輝いている。しかし、街の風景は半年前とはずいぶん変化してしまった。
一連の事件の顛末がエアシーズ全土に知らされるのに伴い、ほとんどの狩猟船が廃棄された。竜の製造プラントが破壊されてしまった今となっては、残された竜がこの世界の気候を維持するために不可欠なものとなってしまったからである。
もっとも、それがなかったとしても、自分たちと同族であることが判明した竜を、好きこのんで狩ろうというものはいなかったであろうが。
竜狩りが廃れてしまったことで、港からは活気が消え、路頭に迷った狩猟船乗りたちは不安な毎日を過ごしている。ひとつの繁栄の時代が終わったことは、確かだった。
「イルフィ……!!」
丘の斜面を、リューガが昇ってくる。
「リューガ!!」
「そろそろ出発の時間だぞ。みんな、船で待っている」
あれから半年、イルフィはカムジンの使っていた小型船からゲットした、竜核を使用していない機関を転用し、新たな船を建造していた。その船が今日、出航の日を迎えたのである。
「しかし、おまえもよくあんなことを考えつくもんだなあ」
感心しているのか、呆れているのか判らない口調でリューガが言う。
「世界の古代人たちの遺跡を調べて、星へ行く船の作り方をみつけよう、なんてさ」
カムジンが言っていたことが正しければ、古代人たちは他の星から、天翔ける船をもってこのエアシーズにやってきたことになる。
イルフィは、エアシーズの環境が保たれている間に、なんとか彼らの使っていた天翔ける船の作り方を見つけだし、それを建造しようと考えたのである。
「本当にみつかるかねえ、そんな、星の世界を行き来するための船の作り方なんて」
「セリンさんは、あたしたちに未来を託したんだ。何もせずにあきらめるわけにはいかないでしょ?」
「まあ、そりゃ確かにその通りだけどな」
「それに、船に乗って世界を回れば、それだけ希望があるってことを、世界中のみんなに教えることができるじゃない?」
「ああ、そうだな……その通りだ」
希望にあふれた表情のイルフィを見つめ、リューガは満足げにうなずいた。
「さあ、行こうぜ、みんな港で待っている」
ダグー、リコ、サバンス、そして、ソーマ……彼女と共に、果てのない旅に出ることを決めた仲間たちの顔が、イルフィの脳裏に浮かぶ。
自分たちの本当の時代はこれから来るんだ……そう思うと、イルフォはなぜかむしょうにうれしさを感じた。
「おい、イルフィ、なにしてるんだよ?」
「ちょっとまって、父さんたちに最後の挨拶をしていくから」
イルフィは三つの墓石に向かい、つぶやいた。