愛を抱いて 6
柳沢は云った。
開け放した部屋の窓の向うに、今夜も住宅街がひっそりと佇んでいた。
「静かね…。」
フー子が云った。
「ゆうべだって、外の方は静かだったさ。」
私は云った。
「また出たあっ!」
柳沢がテレビから顔を背けた。
私は、土・日や祭日に映画を観に行く学生は馬鹿だと、友人に話した事があった。
平日に幾らでも時間が余っているのに、下手をすれば立ち見になる休日の映画館へ、どうしてわざわざ出かけるのか…。
というのが、その理由であった。
私は、「映画は平日に観るべきである。」と確信していた。
みゆきは、非常におとなしくて控え目な女だった。
おとなしい女性や、知り合って間がなく共通の話題を把握できてない女性とデートをする時は、映画に行くのが一番であった。
映画を観ている間は話をしなくて済むし、終わった後は取り合えず今観た映画を話題にすればいい。
しかし、みゆきに逢うのは土曜か日曜であった。
7月12日、その日は日曜だったが、私はみゆきと映画を観に行く事にした。
混んだ映画館へ入って行くのはゾッとしたが、とにかく映画に行く事に決めた。
さすがに大衆娯楽映画を観る気はせず、日本橋に近い銀座の一流館で「マイ・フェア・レディ」をやっていたので、そこへ行く事にした。
そこでさえ、窓口に「ただ今立ち見です」の札が掛けてあった。
立って映画を観るのは、人間のする事ではないと、私は考えていた。
我々は次回の指定席券を買った。
昔から私は、映画館に指定席なる物があるのは、何かの間違いだと思っていたが、その日、生まれて初めて映画の指定席券を買った。
友人の話によると、アメリカなどの一流館では座席の数以上の客を入れる事はせず、中へ入った客には必ず自分の席があるという事だ。
当然あちらでは、指定席などという物はない。
それが普通だと、私は感じた。
普段ロードショーを観に行くと、ホールの中央からやや後ろ寄りのそのエリアだけ、座席に白いシートが掛けられ誰も座っておらず、ポッカリ穴が空いた様になっていて、その光景は一種異様であった。
夜になり、みゆきと別れて、私は三栄荘に帰って来た。
部屋には淳一が来ていた。
彼は私のウィスキーを勝手に呑んでいた。
「俺のコピー、ちゃんとある?」
淳一は云った。
「安心しろ。
ちゃんと取っといてやった。」
淳一は海へばかり行っていて、学校にはあまり出て来なかった。
私は授業には出なかったが、学校へは行っていた。
「よし、始めるか。」
翌日は独語の試験がある日だった。
我々は、縮小コピーしたテキストの独文の訳を鋏で切って、独語の辞書に貼り着ける作業を開始した。
それが終わると、二人で「セブン・イレブン」へ夜食を買いに行き、戻って来ると、夜食を食べながら初歩的な独語の文法を、暗記し始めた。
我々がテキストをカーペットの上に放り出した時、時計の針は2時を廻っていた。
柳沢は帰って来た様子がなかった。
私は布団を2つ敷いた。
「暑くなったし、お前も一緒に海へ行かないか?」
淳一が云った。
「行けば絶対、お前も面白いと思うさ。
ボードは友達のを借りといてやるから。」
「海は苦手だ。」
私は電気を消しながら云った。
「どうして?
泳げないってんじゃないだろ?
怖いのか?」
「ああ。
怖い…。」
「どうしてさ?」
「だって…、海の中では、息ができないんだぜ。」
〈一二、日曜の風景〉