愛を抱いて 5
「だってさ、物は投げるし、人の背中はブン殴るし…。」
「あれは鉄兵君が悪いんでしょう?
私は初めから、心優しき乙女よ。」
「心優しきフー子ちゃんに、俺達の貧しい食生活を救ってもらいたいな。」
柳沢が云った。
「三栄荘でよく食事会をやってるじゃない?」
「いや、手料理という物は、できれば毎晩食べたい物なのです。」
「じゃあ、柳沢君にだけ作ってあげようかしら。」
「あれ?
どうしてさ?」
私は訊いた。
「鉄兵君は香織に作ってもらえばいいでしょう。」
「そうだ。
彼女の云う通りだ。」
柳沢が云った。
「フー子ちゃんて優しい女だったんだね…。」
私は云った。
7月4日の夜、私は三色のセロハン紙とモールを買って、三栄荘へ帰った。
私の部屋では、柳沢とヒロシがテレビを視ていた。
私は、柳沢の部屋にある電気スタンドを持って来ると、セロハン紙を切り始めた。
「鉄兵ちゃん、何やってるの?」
ヒロシが訊いた。
「今夜の準備さ。」
私は、切ったセロハンを電気スタンドに被せて貼り付け、壁の棚にそれを取り付けた。
そして、部屋の電燈にもセロハンを貼り付けてから、電燈から壁に向けてモールを飾り着けた。
「ディスコ大会やるって、本当だったの?」
ヒロシが云った。
「勿論。
今どき、土曜の夜にディスコへ行く奴は馬鹿さ。
踊る場所なんてないんだぜ。」
「だから自分の部屋で踊るわけか…。」
電燈の色が変わると、私の部屋は違う部屋に思えた。
「近所から、苦情が出ないかな?」
ヒロシが云った。
「宴会の時は、一度も苦情は来なかったな。」
柳沢が云った。
「平気さ。
俺達が、この街の主役だ。
俺達で、住宅街の夜の色を変えるのさ。
俺達の色に、中野の風を変えるんだ…。」
私は云った。
外でガヤガヤと女の声がして、香織と世樹子とフー子の三人が上がって来た。
「わあ…。
素敵ね。」
世樹子が云った。
「よくやるわね。」
香織が云った。
乾杯をしてしばらく酒をたしなんんだ後、我々は全員立ち上がった。
ラジカセのボリュームを最大に廻して、ディスコ大会は始まった。
カーペットが滑ってステップが切りにくいので、靴下を脱いで裸足になった。
我々は翔ぶ様に踊った。
土曜日のディスコは、ほとんどどこも満員であった。
人気のあるディスコでは、テーブルに座れない人間で通路まで一杯だった。
ミラーボールも、点滅するフロアもなかったが、トイレの入口の壁にすがっているよりは、ましに思えた。
ヒロシが歓声をあげた。
部屋の窓は、一杯に開け放たれていた。
我々はいつまでも、自由に踊り続けていたかった。
窓の向うに、いつもと同じ静かな夜の住宅街が見えた。
〈一〇、ディスコ三栄荘〉