愛を抱いて 4
そんなに急がないでよ。」
香織が云った。
我々は洞窟を出た。
「二度と外には出れないかと思ったわ…。」
香織が云った。
「果てを突き止める事ができなかったのは、残念だな。
よし、今度は中野ファミリーの皆を連れて行ってみよう。」
「また入るつもりなの?
よくそんな勇気があるわね。」
「勇気なんてないさ。
好奇心が強いだけだよ。」
「私は、もう御免だわ。」
雨はとうとう降らなかった。
我々はアジサイ寺を後にした。
その辺りは、他にも沢山の寺が建っていた。
遅い昼食を取ってから、ブラブラと寺巡りをした。
「ちょっと…、ここ縁切り寺よ。」
香織は門の前で足を止めた。
路の途中に案内板があったので、私も知っていた。
「折角だから、入ってみよう。」
私は片方の靴を脱いで、門の中に投げ入れた。
夜になって、我々が中野に帰って来た時、雨は降り始めた。
香織はフー子に逢う約束があると云い、二人で彼女のアパートに行く事になった。
前に柳沢が友人から聞いた通り、三栄荘から眼と鼻の先にフー子のアパートはあった。
「鉄兵君、この前、私のグラスに塩を入れたんだって?」
私の顔を視るなり、フー子が云った。
「カットの話は、なしよ。」
彼女の部屋には、大きな鏡と、棚という棚に置かれたおびただしい数の化粧品と、タンスに収まりきらず壁中に掛けられた洋服があった。
「鎌倉、行って来たの?
アジサイなら、この辺にも沢山咲いてるじゃない。」
「フー子ちゃん、今夜は御機嫌が悪いみたいだね。」
私は云った。
「別に…。」
スヌーピーの縫いぐるみを弄りながら、フー子は云った。
「群馬の彼と電話で喧嘩したのよ。」
香織が云った。
「あの事はもう好いの。」
フー子は云った。
「じゃあ、俺が塩入りウィスキー飲ませた事を、まだ怒ってるの?」
「何も怒ってなんかいないわ。」
「それじゃ、もしかして…、」
私は、笑いを堪えながら云った。
「…溜まってるんじゃない?」
スヌーピーが凄い勢いで、私の顔へ飛んで来た。
〈八、アジサイ寺〉
(※この作品はフィクションであり、登場する人物、団体などは全て架空のものです。)