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愛を抱いて 4

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7.フェリス女学院ダンス・パーティー


 「柳沢。
和代ちゃん、沼袋に住んでるんだって。」
「本当? 
じゃあ、中野ファミリーの一員だ。」
「何? 
『中野ファミリー』って。」
千絵が訊いた。
「中野に住む若人の集いさ。」
「それに彼女は、三栄荘も好きになれそうだと云ってくれた。」
「嗚呼…。
君は我がアパートに舞い降りた天使だ。」
そう云って、柳沢は和代の手を握った。

 外はまだ宵の口だったが、宴会はその後早くも佳境に入った。
横尾は私のギターを抱えて弾き語りをやり、真美がそれを聴いていた。
彼女の持って来たポテトチップスはとても食べきれないだろうと思われたが、すでになくなっていた。
奥田はわけの解らない踊りを踊り、柳沢は料理教室を始めた。
私は手鏡を持って来て和代に持たせ、彼女の長い髪を弄って色々な形に変えて見せた。
「私、耳が異常に大きいから出せないのよ。」
手鏡を置いて和代は云った。
「そんな事ないさ。
君はショート・カットの方が絶対似合う。
でも長い髪も素敵だ。」
「ありがとう。
あまり褒めてもらうと、美穂に悪いわね。」
「何をおっしゃる和代さん。
君と比べたら美穂なんて…。」
途中で私は云うのを止めた。
美穂がグラスを持って、私の隣に座った。
視ると、奥田は潰されたらしく眠っていた。
「ほら、美穂が来たわよ。」
和代はニヤニヤしながら云った。
「あら。
私ただ聴いてるから、二人で話を続けて…。」
美穂が云った。
私は間を埋めるために、水割をゆっくり呑んだ。
「和代ちゃんのアパートの場所、ちゃんと教えてもらった?」
美穂が訊いた。
「いや、まだ詳しくは…。」
私はグラスに口をつけたまま云った。
「今度、美穂と二人で遊びに来てね。
場所は彼女が知ってるわ。」
和代が云った。

 三栄荘における宴会では、時計の針が深夜を回りもうこれ以上酒が呑めないという頃になると、酔い醒ましと称して、男女のカップルで外へ散歩に出るのが慣習であった。
横尾と真美は一番に部屋を出て行った。
奥田が眼を覚ましそうにないので、美穂と和代の二人を連れ立って、私は外へ出た。
柳沢と千絵は部屋に残った。
川沿いに歩いて、中野公園に出た。
ベンチの一つに、横尾と真美が腰掛けていた。
「あの野郎…。」
私は繁みに隠れて、ベンチの二人を覗き視る姿勢を取った。
「鉄兵、何してるの?」
美穂が云った。
「あいつは手の早い奴だから、真美ちゃんのために、ここで監視するのさ。」
「あの娘はあれで、とてもしっかりしてるから、何も起こらないと思うわよ。」
和代が云った。
「真美ちゃんはアナ研に好きな人がいるのよ。」
美穂が云った。
「そりゃあ、横尾も厳しいな。
ただでピーピング・ルームの気分が味えると思ったのに、残念だ…。」
三人はまたブラブラ歩き始めた。
真夜中の公園には、我々の他誰もいなかった。
「あれは何?」
長く続く高いコンクリート屏を指して、美穂が云った。
「刑務所さ。」
「こんな近くにあるの? 
気味悪くない?」
「いや、別に…。
スリルがあって、好いと思う。」
我々は、その屏の下へ近づいた。
「和代ちゃんは知ってて沼袋にしたの?」
「そうよ。
でも交通刑務所らしいから、凶悪犯みたいなのはいないんじゃないの?」
真っ暗な空に、コンクリート屏が冷たくそびえ立っていた。
「あっ! 
誰か居る…!」
突然私は、屏を視て叫んだ。
そして同時に、来た路を駆け出した。
私より少し遅れ気味に、和代も走り出した。
「えっ…? 
待って…!」
美穂が小さく叫んだ。

 「どうしたの?」
真美の声で、私と和代は走るのを止めた。
「どうしたんだ? 
鉄兵。」
横尾が云った。
和代は息を弾ませながら、笑っていた。
「美穂がさあ…、」
云いながら、私は息を整えた。
「美穂ちゃんが、どうかしたの?」
真美が訊いた。
「…あっちにいる。」
私は云った。
美穂は泣きながらこちらへ歩いて来ていた。
「まあ! 
美穂ちゃん!」
真美が駆け寄った。
「どうしたの? 
美穂ちゃん。」
美穂は、顔に手をあて泣くばかりだった。
「鉄兵君!」
真美が私を視た。
「酷い事したんでしょ?」
「だって、和代ちゃんが乗るんだもの…。」
私はあまり巧く行き過ぎて、少し驚いていた。
「ごめんね、美穂…。」
和代が云った。
美穂が泣き止んでから、我々は三栄荘へ戻るため歩き出した。
「悪かったな…。」
女達より前を歩きながら、私は横尾に小声で云った。
「いや、いいさ。
彼女のガードが固くて、全然駄目だった…。」

 6月13日、私と柳沢は午後4時過ぎから銭湯へ行き、部屋へ戻って支度を済ませると、フェリス女学院のダンス・パーティーに出席するため二人で出かけた。

 渋谷駅で、東横線への乗り換えの改札を通り抜けようとした時、私は右腕を駅員に捕まれた。
「もう一度、定期を見せて。」
駅員は云った。
私の定期に渋谷は含まれてなかった。
「お前、指で駅名を隠しただろう。」
急に厳しい口調で駅員は云った。
私は鉄道公安室へ連れて行かれた。
係員に私を引き渡すと、駅員は持ち場に戻って行った。
「大学はどこ?」
係員が尋ねた。
「法政大学です。」
私は椅子に座って答えながら、用紙に大学名と住所、氏名を書き込んだ。
「また法政かよ…。」
係員は笑いながら云った。
「それを見てみな。」
私は、故意に不正乗車をした者の名前が書かれた用紙の束をパラパラめくって見た。
なるほど、学生のほとんどは法大生であった。
法大では、1年生は毎週1回、体育のために東横線に乗らなければならなかった。
それゆえ渋谷駅の改札で捕まるのは、法大生が多かった。
「もうこんな事するなよ。」
係員は真面目な顔になって云った。
私は謝罪の言葉を述べ、3倍の運賃を支払って公安室を出た。
柳沢は改札の向うで待っていた。
私の腕を掴んだ駅員は、まだ切符を切っていた。
私と柳沢は予定をずいぶん遅れて、東横線の急行に乗った。
「間に合うかな?」
私は云った。
「ぎりぎりどうかって、ところじゃない?」
「ついてねえよ。
きっと、今夜は前途多難だぜ…。」
桜木町で根岸線に乗り換え、石川町で降り、山下公園を目指して我々は急ぎ足で歩いた。
会場の氷川丸に着いた時、すでにダンス・パーティーは始まっていた。
私も柳沢も、フェリスに知り合いはいなかった。
フェリスの女と慶応の男というのが、一般的なパターンだった。

 「大学はどこ?」
「佳子」と名乗った女の方が訊いた。
「俺は明治学院。」
柳沢が云った。
「飯田橋体育専門学校。」
私も答えた。
「あら、二人別々の大学なのね。」
「俺達アパートが一緒なんだ。」
柳沢が云った。
東横線での私の予言は外れ、我々が最初に声をかけた女は運良くフリーの二人連れだった。
「飯田橋に体育専門学校なんてあるの? 
作品名:愛を抱いて 4 作家名:ゆうとの