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蓮の池の辺りで

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「マハーカッサバよ、サーリプッタよ。謝罪を受け入れると言ったにもかかわらず、約束を違えたことを申し訳なく思います。蒙昧より為したこととは言え、二人を傷つけた事に変わりありません。重ねてお詫び申し上げます」
マハーカッサバとサーリプッタは無言で僅かに頭を下げる。彼らの内心がどうであるにせよ、これが私に出来る精一杯のことだろう。
それから彼に向き合う。彼の眼差しは普段と変わらないように思える。
「成しました」
と一言告げた。私はこの一言を告げるために彼の元にやって来た。彼は私に声をかけて来ない。ただ眼差しから「善し」という彼の意思が伝わってきた。
その時サーリプッタが立ち上がる。
「それは誤謬だ。奥方は龍女だ。獣でしかも女です。どちらも情動の多いもの。成すなど叶うわけがありません」
普段と違うサーリプッタの激しい口調に戸惑う。サーリプッタは智慧にこだわり過ぎている。智慧にこだわっている限りサーリプッタには彼の言葉が理会出来ないだろう。それは智慧で理会するものではないからだ。
「サーリプッタよ、まだあなたの時は至っていないのです」
私にはこう言うほかなかった。私はサーリプッタに至る言葉を知らない。私には智慧がない。サーリプッタが理会出来るように言葉を紡ぐ事ができない。
私の一瞬の困惑を見て取ったのか彼が言葉をつなぐ。
「サーリプッタ、男と女の違いはなにか」
サーリプッタが答える。
「女は懊悩が多いもの、嫉妬深く、専有欲が強く、わが子のために何ものでも捧げるもの」
「まさに其れだ。女は子を産むもの。其れ以上の差は男と女にはない」
サーリプッタは押し黙る。無明が晴れたのか、それとも理会出来ぬまま受け入れたか。どちらにせよ彼の言葉は楔だ。サーリプッタの頑なな心もいずれ割れるだろう。

私は立ち去り、山に帰ることにした。次に彼と会うかは私たちの意思を離れ、世界に委ねられた。世界が必然を認めれば出会うし、そうでなければ二度と会うことはない。
そういえば、彼に愛の言葉を囁いてもらうのを忘れていた。その考えに、まるで歳若い乙女のようだと可笑しみを感じる。彼は世界を愛していた。世界を愛するように、私をもまた愛していた。私が其れに気がつかなかった、ただそれだけのことだ。私もまた世界を愛する。
私は私の言葉が通じる者達の中に戻る。宮殿には戻らず、貧しい者、虐げられた者の間に戻ろう。宮殿は私には大きすぎ、華美に過ぎる。また、サーリプッタのような者と話す言葉も私は持っていない。貧しい者、虐げられた者の話は私なら理解できるし、話す言葉を持っている。そうすることが私にとって必要だからだ。この思いをうまく言葉にする自信がない。もし私が私の眷属の中に戻らなければ、いつか私はマーラに負ける。この感覚は何時までも忘れずにいたいと思う。
マーラよ、お前は恐ろしいがしかし、お前も私の一部なのだ。いつか私はお前の力を思うまま操れる日が来ると、そんな予感めいた確信があるのだ。
作品名:蓮の池の辺りで 作家名:cajon