小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

愛を抱いて 1

INDEX|3ページ/3ページ|

前のページ
 

すっきりしたいの。」
「俺も、君が好きだ。」
香織は立ち止まった。
続いて私も足を止め、振り向いて彼女の眼を見つめながら、もう一度云った。
「初めて逢った時に、君を好きになってた。」
我慢できなくなった様に、彼女は泣き出した。

 「でも、ずいぶん意地悪なのね。
ずっと黙ってるなんて…。」
カップの中のレモンをスプーンで取り出しながら、香織が云った。
「だってさ、東京に来ていきなり相思相愛になれるなんて、信じられなかったんだよ。
ラッキーチャンスを大事に思うあまり、すぐに言葉が出て来なくって…。
かっこ良い台詞を一生懸命考えてたんだぜ。」
「かっこ良かったわよ。」
笑いながら、彼女は云った。
「本当かい? 
怪しいな。」
「本当よ。
…本当に、嬉しかったわ。」

 5月2日から、私は大阪の友人の処へ遊びに行った。
予定より2日遅れて、7日に東京に戻った。
8日には、大学のサークルの新歓コンパがあった。

 9日は疲れと二日酔いで、昼過ぎまで寝ていた。
まだ頭痛がしたが、香織に逢うため、私は部屋を出た。
彼女と池袋へ行った帰りに立ち寄った、「赤いランプ」という早稲田通りにある喫茶店で、待ち合わせていた。
香織は一番奥の席で、紅茶を飲んでいた。
「ポートピアは楽しかった?」
「…痛い。」
「どうしたの?」
「…頭が…痛い。
昨日、コンパでさあ…。」
「何だ。
二日酔いか。」
「神戸は最低だった。
定期と学生証を落とすし…。」
「まあ、失くしちゃったの?」
「一応、落とし物の届出はして置いたけど…」
「学生証失くして、大丈夫なの?」
「さあ…? 
心も体もズタズタだ…。」
「酷く痛むのなら、薬飲んだ方が良いわよ。」
私は、水をお代りした。
「疲れてるみたいね。」
「いや、さっきまで寝てたから…。」
「そう。
じゃ、お腹空いたでしょう?」
「うぅん…。
まだ食べたくない。」
「あなた痩せてるから、しっかり食べなきゃ…。
毎日、ちゃんと食べてる?」
「俺、現代では貴重な栄養失調なんだ。」
「‥…。」
「外食ばかりで、しかもろくな物食べてないんだよね。」
「‥…。」
「今日は土曜日か…。
土曜の夜になると、想い出すんだよね。
オフクロの温かい手料理…。
手料理かぁ…、いいなあ…。」
「…それで?」
「え? 
別にそれだけさ。」
「何か云いたいんでしょ?」
「どうして? 
でも、手料理はいいよね。」
「そうね。
お母さんに作り方を教えてもらっとけば良かったのにね。」
「‥…。」
「今からでも、手紙に作り方を書いて送ってもらえば?」
「…君って案外、冷たい女だったんだね。」
「そうかしら?」
「ああ…、頭が痛い。
心も痛い…。」
「解った、解った。
作ってあげるから泣かないの。」
「本当?」
「でも、あなたのお母さんの様に美味しくはないわよ。
きっと…。」
「冗談じゃない。
オフクロの料理なんて食べたくないよ。
君の手料理が食べたい。」
「最初から、素直にそう云えばいいのよ。」

 彼女が「コム・サ・デ・モード」の服を買うのに付き合った後、ブロードウェイの地下にある「西友」へ行った。
「西友」のナイロン袋を下げて、彼女のアパートへ向かった。
飯野荘の階段を上がった処で、 「ちょっと、ここで待ってて。」 と、彼女は云った。
彼女が鍵を開け「ただいま」と云いながら部屋に入ると、「お帰りなさい」と、微かな別の声が聴こえた。
しばらくして、香織が出て来た。
「好いわよ。 
どうぞ。」
私が部屋に入ると、 「いらっしゃい、鉄兵君。」 と、世樹子がにこやかに云った。
「どうも…。
食べる物もなく路頭に迷ってた哀れな男です。」
香織はさっそく支度に取りかかっていた。
「香織ちゃんは優しいわねぇ…。」
世樹子が云った。
「俺が無理矢理頼んだんだよ。」
「云っとくけど、味は保証しないわよ。」
台所で背中を向けたまま、香織が云った。
「食えれば文句は云いません。」
「あら、香織ちゃんとっても上手いのよ。
期待しなさい。」
途中から世樹子も手伝い始めたので、私は煙草を吹かしながら一人でテレビを観ていた。
かなり時間が経った後、 「お待たせ…。」 と云って、鳥肉の唐揚げ、ロールキャベツ、サラダ等が運ばれて来た。
「時間かかってしまって、御免なさいね。
私、手際が悪いから。」
香織が云った。
「嘘よ。
香織ちゃん、いつもは凄く手際良いのよ。
今日は特別なの…。」
世樹子が云った。
私はさすがに空腹だったので、すぐパクついた。
「駄目よ、鉄兵君。
もっとゆっくり、よく噛んで、…味わいながら食べなきゃ。
思いやりを…。」
世樹子が、たしなめた。
「…うん、…美味しい。」
私は云った。
「本当?」
香織が不安そうに云った。
「当たり前よ。」
世樹子が云った。
本当に美味しかった。

 「鉄兵君、私、オジャマ虫でしょうけど許してね。
他に行く処がないの。」
世樹子が云った。
「いいのよ。
この人、今夜はちゃんと帰るんだから。」
「あら、泊まって行くんじゃないの?」
「まさか。
初めて来た女の部屋に、いきなり泊まってく男なんていないわよ。」
「別に良いんじゃない? 
私、何も見ないし、聞かないし、ちゃんと先に寝るから。」
「世樹子。 
あんたって娘は、何考えてるの…?」
食事が終わると、二人は私を玩具にして楽しみ始めた。
「勿論、俺、帰るから心配要らないよ。」
私は云った。
「泊まって行きなさいよ。
鉄兵君。
遠慮する事ないわ。
香織ちゃんもほら、何か云ってあげなさい。」
「本人が帰るって云ってんだから、いいんじゃないの?」
「あら、それは可哀相よ。
ねえ、鉄兵君。
私の事は気にしないで、置物か何かだと思って…、どうか泊まって行って頂戴。」

 深夜に近づいた頃、私は解りやすい地図を書いてもらって、飯野荘を後にした。


                             〈二、手料理〉

作品名:愛を抱いて 1 作家名:ゆうとの