アオサギ草
「えぇ、樹木の枝に止まったまま、岩のうえ、川に足先を浸したまま、水流に揺れる自身の姿に固まって、自らの使命をまっとう出来なかったことを、そんな自分を責めさいなんでしまうのね」
「責任感なのか、慈愛があまりに深いのか。哀れだな純粋の精神性というやつは。しかし、眉をひそめる人間はいないだろう、そんな姿をみたら」
「生きとし生けるものに訴えかけるのね。そういうときは決まって激しい風雨がやってきて 森に一つの不幸を伝えるの。人はコウノトリの哀れな姿を目の当たりにしてこの鳥の、いえ慈愛というもの在り処を知るのよ」
「悲しいな」
「えぇ、悲しいわね。でも、その悲しみは剥製のような姿のまま、風雨によって洗い流されるの。そして、コウノトリはいつしか蒼い衣をまとうように、青玉に似てほのかな光の透過する真夜中の噴水のように、月夜に咲き開く花のように、蒼く透き通る羽を広げるの」
「うん。滅びの異相を形にしたその姿はいかにもコウノトリなのに、敬虔な身をもって幸不幸の有り様を示した姿は、まったくの別物にみえて仕方がないよ」
「その姿を目の前にした人たちは、誰言うともなく畏敬を込めてアオサギ草と呼んだの」
「アオサギ草か」
激しい風雨が過ぎ去って、あとに残る雲ひとつない月の夜。金色の月影に照らされて、水晶と見紛うその鳥の、あわく輝けるその姿。いつの世もいつの世も、押し留めたさきの悲しみは、美しき境地と見入ることまたとなく、涙によって贖われるものと、そのわけを考えつつ…
「ずっと話をしていたら眠るタイミングを逃したようだね」
「そうね。いっそこのままお話していましょうか」
「それは勘弁してほしい。糸をくくる亀を探さなくては不安だよ」
「私たちの眠れぬ日々の為に、かしら」
「どれだけ続くんだろうな、それは」
「眠れぬ日々がある限りよ」