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その鳴くや哀し

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隆正は消防本部で、救出した2人のその後の情報を得た。
男の子は、軽い脱水症状といくつかの小さな傷があったものの元気で、翌日退院した。だが、母親は助からなかった。
あの男の子は、きっとまだ母親の死を理解できないだろう。隆正は、母親を失ったあの丸い目の男の子が、このつらい事実にめげずに、健やかに育ってくれることを祈った。
そして、母親の検死の結果は、救助にあたったレスキュー隊員たちにとって、ある意味で衝撃的だった。
母親は死後2~3日が経過していたのだ。地滑りの際に土砂と共に落下して来た巨大な岩が母親ごと軽自動車を押しつぶし、母親は頭蓋骨陥没骨折と頸椎骨折、さらに脳挫傷のため、ほぼ即死状態だった。
つまり、救助のきっかけとなった、隆正が母子の会話を聞きつけたときには、母親は既に亡くなっていたのだ。
この情報が信じられなかった隆正は、自宅で当時のテレビのニュース報道を録画したビデオを見つけて、見返してみた。
報道では、最初に隆正が声を聴いて生き埋めの場所を特定したときの現場からの中継で、「親子の会話が聞こえたとのことです。」と伝えていた。自分の記憶違いではなかった。
親子の声を聴いたのは、自分一人ではなく、多くのレスキュー隊員や消防団員も一緒だった。男の子は笑い声さえ上げていた。気のせいや空耳でないことは間違いなかった。

非番の日、隆正は自宅の近所の公園で、滑り台で遊ぶ娘と妻を見守りながら、ぼんやりとあの母子のことを考えていた。
隆正をはじめ、他のレスキュー隊員や消防団員ら多くの者が耳にしたあの話し声はなんだったのだろうか。
自分の腕の中で男の子は、『お母さんといっしょだから怖くなかった』と言った。
即死したはずの母親は、我が子を助けるために、死んだ後もあの狭い車内で『生き続け』たのだろうか。
隆正の脳裏に、唐突に脈絡もなく、ある言葉が浮かんだ。今回起こったこととは意味すらまったく異なり、なぜその言葉が浮かんだのか、隆正自身にもわからなかった。
それは、「論語」泰伯編にある言葉だった。

鳥の将に死なんとする、その鳴くや哀し・・・




作品名:その鳴くや哀し 作家名:sirius2014