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魔王様には蒼いリボンをつけて ーEpisode1ー

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 紅いんだ。
 
 目の前をすうっと落ちていくものを、床に溜まっていく紅を、ルチナリスはただ見ていた。
 あたしと、……人間と同じ色。

「貴様の相手は俺なんだろう?」

 彼はそう言い放つと矢を掴んでいた手を握り込んだ。
 硬い音と共に羽根のついた軸が――矢尻のない軸だけが――床に落ちた。
 カラン、と矢が床で音を立てたのと同時にその手から炎が揺らめいた。炎は弓使いに向かって躍り出る。渦を巻き、身をくねらせる様はまるで深紅の竜のようで……。
 その竜によって描き出された渦は、弓使いと入り口付近にいた他のふたりをも巻き込み、瞬く間に数段下に広がる玄関ホールそのものを呑み込んだ。


 ルチナリスはその光景に目を疑った。

 今のなに?
 魔法?
 この人が使ったの?

 暗闇に紅く炎の花弁が舞う。
 それはとても幻想的で、……とても忌まわしい。

 これは、魔法、だ。
 勇者と呼ばれて旅をする人たちの中には稀に魔法を使える人がいるけれど、彼らは杖などの媒体と、導き出すための呪文を用いる。間違っても人の手から直接出したりはしない。
 でも、それならこの人は。
 だってこの腕は。
 悪魔と呼ばれて、化け物に指示を出して、矢を手で受け止めて、魔法を使って、勇者一行を火だるまにしたこの人は……。


「青……藍、様……?」



 彼は溜息をついた。
 答えるでもなく、不快もあらわな目で周囲を見回す。

「誰だ! るぅをここに入れたのは」
「いやぁ、るぅチャン足速くて」

 声に呼応するように、未だぶすぶすと煙が充満しているホールの端からガーゴイルが1匹顔をだした。
 その声には聞き覚えがある。あたしに何度も話しかけてきた、あの姿の見えない声と同じものだ。
 だとしたら、あれが今まで話しかけて来ていたの?
 あたしの隣にいたの?
 腕からは早々に解放されたもののその場に突っ立ったまま、ルチナリスはそんなことを思う。

「足が速かろうと止めるのがお前の仕事だ」

 彼は舌打ちをすると矢を握っていた手のひらを広げた。折れた矢尻が突き刺さっている。
 息を呑むルチナリスの前で、彼は無言のまま矢を引き抜いた。

「ひ……!」

 痛みはないのだろうか。
 その顔は踊り場で勇者を見下ろしていた時と同じで、なんの感情も見えない。


 お兄ちゃんよね?
 ルチナリスは目の前の人の左手を凝視する。
 矢尻とともに噴き出した血が、その左手を紅く染めていく。さっき滴っていた時とは比べ物にならない速さで。

 お兄ちゃん、なのよね――?


 紅い、綺麗な目だと思った。
 異形の化け物に指示を出していたけれど、この人は紅い血が流れているんだとも思った。
 だ、けど。


 噴き出す血がどくどくとその手を染めていく。
 紅く。
 紅く。
 その色は、ルチナリスの視界と心をも浸食していく。



『人間狩りだ。お前は逃げなさい』


 そう言った養父の顔が、


『逃げ、て……』


 と呟きながら倒れていった女性の影が、ルチナリスの脳裏にフラッシュバックのようによみがえる。よみがえって、そのまま紅に呑み込まれていく。



「いやあああああああ!!」

 悲鳴しか出ないルチナリスを執事が押し退けた。
 紅に染まった手を掴み、ハンカチを取り出す。
 その白い布も、執事の白い手袋も、見る間に紅く染まっていく。





「無謀にもほどがあります!!」

 紅く染まった手にハンカチを巻きつけながら、グラウスはその人の顔を覗き込むように身を屈めた。
 執事に正面から見据えられて、初めてその人の顔に表情が浮かぶ。怯えたような、戸惑ったような、親に叱られた子供のような、とにかく今までの無表情からは想像もできない表情が。
 それと同時に、さっきまであたりを包んでいた重圧感があっという間に霧散していく。

「……だってこんなの刺さってたら邪魔じゃ、」
「そう言う問題じゃありません! あなたはご自分を軽く考えすぎなんです!! 何処の世界にこんな人間の小娘の盾になる魔王がいますか!!」

 何処かでものすごく見たことのある光景だと思うのはどうしてだろう。
 魔王と呼ばれたその人は、頭から執事に怒られていた。