Endless Run
ハルカさんが自分の腰掛けていた椅子を持ち上げて、力いっぱい振り下ろした。
――― 「生まれ方は違うかもしれない。だけど、お前は私の子だよ」
父が微笑む。
約束していた“結婚”。それを待たずに病気で亡くなってしまった母。若かったけれど、二人は真剣だった。小さな家に子供と三人で暮らす夢を見ていた母。
そして、母の死後、父は子供を作ろうと決意した。
母体が焼かれ、手に入ったのは髪の毛だけだった。卵子も子宮もない状態から生命を作り上げる手段として思いついたのは“再生”という方法だった。父は遺伝子工学の道へと進んだ。周りからマッドと呼ばれようと、神への冒涜だと罵られようと、父は研究を続けた。
再生途中で消滅してしまうもの。外見だけの再生しか出来ないもの。一部分が欠けているもの、もしくは一部分しかないもの。何度も失敗し、使えるDNAが最後の一組になった。
「……神様……」
冒涜している神に祈りを込め、最後の再生に取り掛かる。
そうして、ボクは生まれた。
これは、ボクの中にある父の記憶。 ―――
地下室にガラスの破片が降る。
それは、中の液体と相まってキラキラと宝石のように輝きながら落ちていく。
「イチノセくん!?」
驚いた人達がボク達の前に集まってきた。
「完全に再生するまで、待っていたのよ」
何人かがハルカさんに並んで、ボクの壁になる。
「優秀な戦士や優秀な学者。それを失わない為にクローンを作り出す。いくつも、いくつも……」
ハルカさんが自分のペンダントを千切るように外し、ボクに渡した。
「そんな事で、戦争が無くなるなんて、私は思わない!」
ボクを囲んでいた人達がその言葉に頷く。
「義兄(あに)の研究をそんな事に使わせたりしないわ!!」
ペンダントを開けると、中に写真があった。右に父。左は……ハルカさん?
「……これ……?」
「姉と義兄よ」
……それじゃ、ハルカさんは……。
「あなたには、ちゃんと、生きる権利があるの」
ハルカさんが優しく微笑む。
それは、まるで“母”のように……。
「行きなさい。マモル……」
――― 『行きなさい!』
戸惑うボクを促して、父が外を指差す。
ここから逃げろと、外を指差す。 ―――
「行きなさい!」
白衣をボクに投げ、ハルカさんがドアに立ちふさがった。
狂気と化した博士がハルカさんに襲いかかる。
「ゼロ号!」
振り上げられたその手を身体で受け止め、ハルカさんが叫ぶ。
「この子は“人”です!」
だから、番号で呼ぶなと……。
――― 「ロボットでもましてや兵器などではない!」
数人に押さえられながらもドアの前から動かない父。
「この子に人を殺めたりなどさせはしない!」
そして、振り向かずにボクに言う。
「マモル! 行きなさい!」
ボクは……。 ―――
「“平和の為”。義兄さんはそう信じてたのに!」
発展しすぎた科学。その英知の為に争う人々。争いは科学を発展させ、その科学がまた争いを起こさせる。欲がある限り、人は争いをやめる事など出来ないのかもしれない。
「戦争の為に命を造り出すなんて、許される事じゃありません!」
ハルカさんの周りに人が集まる。
半分はハルカさんを守り、半分は博士に従い……。
争いの中、ハルカさんの声が響く。
「マモル! 行きなさい!」
ボクは頷き、走り出した。
――― 『行きなさい!』 ―――
行き先なんてない。
また捕まるかもしれない。
――― 『行きなさい!』 ―――
そして、ボクは“不備”の為、また再生されるかもしれない。
それでもボクは走り続けよう。
――― 『行きなさい!』 ―――
父の……ハルカさんの言葉をしっかりと心に焼き付けてボクは走る。
――― 『生きなさい!』 ―――
二人の声が、そう聞こえる限り。
永遠に……。
作品名:Endless Run 作家名:竹本 緒