ゾディアック 6
私は岩山のような僧帽筋を解し続けた。
グォーーー・・ グォーーー・・
客は怪獣のような大きなイビキをかき始め、背中が上下に大きく揺れた。
私はベッドから降りて汗を拭った。その時腰に 今までにない激痛が走りよろめいた。
「 ヤバイ・・ 歩けないかも 」私は昨日の、修道士を轢いた時の事を思い出した。
「 あれに遭ってから、酷い目にあった。 岩のように不毛なこの客も・・ 」
なんとか施術を終え、私は店を出た。小雨の中を ヨロヨロと駐車場まで歩きながら
ミクに腰を押してもらった時に感じた、身体が落下する感覚を思い出していた。
眠りかけて潜在意識に入ると、肉体に閉じ込められている氣が自由になり
相手の氣と混ざり溶け合おうとする。
それがタッチセラピーで現れる、肉体より深い微細次元の霊体や前世だったりする。
しかし、ミクにはまるでバリアでもあるかのように 氣を弾かれた。
意識的にせよ無意識的にせよ、彼女は自分の中に けっして入れさせない強固な霊的ブロックをしていた。
「 絶対に見てはならないもの・・
人体は 本人の思考形態が身体を形作り、心と身体と精神は 三位一体で存在している。
凝り固まった肉に埋没し、思考でブロックされたさっきの客も、
霊的にブロックされた氣のミクも、2人は同じだ 」私は思った
腰が砕けそうにズキズキと痛み、やっとの思いで車に辿りついた。
身体はずぶ濡れで、痛みに耐えながらエンジンをかけた
昨日 修道士を轢いた辺りを通りかかった時、ナアナからメールが来た
「 マリオン昨日の事、あれからどう?
私は今、グレートブリリアンでネイティブの雨乞いの踊りを取材してるよ 」
グレートブリリアンは ちょうどその場所の横手にある山の寺院だった
ナアナはそこで行われている催し物の 取材をしているらしかった
「 ネイティブの雨乞いの踊り?この雨が・・ 」霧のような小雨がまだ降り続いていた。
ずぶ濡れの身体で痛みに耐え 焦燥しきっていた私には、ネイティブなど どうでも良かった。「 明日、整体に行ってみよう・・ 」
しかし それら一連の奇妙な出来事は、新たに始まる次元への幕開けに過ぎなかった。
望むと望まぬとに関わらず、ヤツラはやって来る
「 時は来るもの・・ 」
エジプトの時代 砂塵の吹き巻く高い塔の上で、トライアングルを回す
ガブリエルの声が胸に呼魂した。
~ 47 ~
目覚めると、鳥の声がした。
部屋は薄暗く、外はまだ雨が降っているようだ。
時計に目をやると 10時を回っていた。
起きようと身体を横に向けた時、腰に激しい鈍痛が走った。
「 ・・っう・・ 」
私は息を止め、そのまま凍りついて動けなかった。
昨日よりも酷くなっている
激痛に耐え、引きずるように何とか身体を起こした。
小雨が降る中を、街はずれの整体院までタクシーで行った。
ギイーー、不気味な音を立て錆びついた扉を開けると、
古びた家の奥から 陰気で無愛想な感じの老婆が出て来た。
正直 おいおい・・と不安が隠せなかったが
ここまで来たらもうどうしょうもない
身動きもままならず、やっとの思いでベットに横になった
「 どうしたね 」
老婆はしゃがれ声で 私の腰を触りながら言った。
「 ほおほお・・ 左の骨盤がズレてるね
右をかばって 左に負担をかけたかね・・ ほおほお 」
「 バランスを取るのに負担が どうしても左・・ うっ 」
老婆はいきなり私の足を掴むとM字に開脚させ
左足の付け根から大腿骨を内側に絞るよう、骨盤の角度を矯正し始めた。
私はベットの端を掴んで痛みに耐えた
今度は膝を深く区の字に折り曲げると、私の腰を浮かせて
臀部を大きく揺らした。
「 あう・・ 」痛みに声が漏れる
「 ほおほお・・・ 背中と腰の筋肉が こんなについてるのは 」
老婆は私の腰を揺さぶりながら言った。
「 ほおほお・・1日中使ってるって事だね
身体があんたに ありがとう て言ってるよ 」
「 え・・? 」痛みで必死につむっていた目を開くと
馬乗りになった老婆の皺だらけの顔があった。
しかし、その目は優しく暖かな眼差しで私を見下ろしていた。
今まで自分の身体を限界まで酷使して来た。
私は 人の身体の声は聞いても
自分の身体については、あまりに無頓着だった。
そんな私に身体が 人の為に使ってくれてありがとう
と言ってる と老婆は告げた。
涙がこぼれ落ちた
ぶっきらぼうで武骨なこの老婆は
セラピストとしての私とクライアントとしての私を
両方理解していた。
1時間の施術の後 嘘のように立ち上がれ
また歩けるようになっていた。
「 ほおほお・・ まあ、ぼちぼちやりな 」
老婆は笑って見送ってくれた。
再び動ける嬉しさとラファエル顕在のような老婆の言葉に
涙が止まらなかった。
人は皆 見えない存在の大きな愛に動かされ 生かされている
日々の体験からそれを「思い知る」のは「感謝」と同じ 異音同義語だ。
一見不運に思える体験も 人が生かされている全ての日々には
それと出逢い気付く 機会があるだけかもしれない。
違うものから同じものを見る 異音同義語を探して・・