ネヴァーランド 138
「外はこうです。窓の外は。楽園ではなく、地獄です。しかし、ここに居続けていいのですか。私たちは、本当に生きていますか。学習の名の下に麻薬を打たれているに過ぎないのではないですか。私たちは不自然なほどに恵まれすぎています。窓から外を見て、窓を乗り越えて外での体験を少しでもしてから、判断してください。私は、偶然そのチャンスがありました。それを、単に自分だけの記憶としてとっておきたくありません。この体験に、もっと別の意味があるように思えるからです。個の体験を、押し付けのつもりは全然なく、さらけだしておいた方がいいと思うのです。発見がありました。窓があります。ウインダウ、あるいは、ウインドウでしょうか。そこから、「外」、が、見えます。そこから、向こうへ行けます。そこを通して、向こうがこっちを見ます。こちらも向こうを見ます。見るだけではありません。通行できます。そこからあっちへ出るも出ないも自由です。向こうとは、私もなんだかまだ分かりません。多分いい所ではないでしょう。私はほうほうのていでやっと帰り着いたのですから。親友がそこに行って死んでしまったし。だが、判断をしてください。外か内か。どちらかがナマで、どちらかが観念かもしれません。外はどんな妄想も思い描き得ない奇怪千万な世界かもしれません、反対に、外が厳然たる現実で、内こそが、ここ施設ニッポンこそが、混沌の中を漂う自閉した漂流教室にすぎないのかもしれません。教育の名の下にむしろ無知に貶められているかもしれないのです。私達に自治はありえるのか。あるとすれば、どんな場所で、どんなやりかたで、それがあるのか。あるいはそれはたわごとで、ただの幻想にすぎないのか。皆さん、考えてみてください。私たちは成熟の時期を迎えつつあります。ぼんやりしてはいられません」
(僕は、自分が外へ再び出発するとは、言いかけたが言わなかった。父は、僕の発言をとどめる、あるいは、マイクの電源を切ることも出来ただろう。だが、それはなかった。父の度量の広さは、まったく神様なみだなあ)
さあ、ヘレンと浮舟はどこにいたのだろう。会場をよく見回すと、いたいた。右側の壁を背にして、ややぽっちゃり目のヘレンと長身痩躯の浮舟が、手を繋いで立っていた。僕を興味深げに見ている。
父と取引をした翌々日、みんなに先を越された。誰も居なくなっていた。アパート群が墓場に見えた。僕は大責任を背負ったことをその時になって悟った。
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作品名:ネヴァーランド 138 作家名:安西光彦