彼女には手を出すな
その日の放課後、東園重孝の顔を拝もうと、俺は薫から少しはなれたところで身を隠しつつ待っていた。
来た。あの、黒塗りの高級車。
あいつが車から出てきたと同時に、俺は走り出した。
「薫さん!」
下の名前で呼んでみる。
薫はびっくりした顔をして、俺を見た。あいつはゆっくりと俺を見つめる。
「えっと…あの…久保田…君?」
俺は薫にキスをた。さあ、どうする、東園重孝さんよ。
薫は、俺の胸を思いっきり押し退けた。これは計算のうちだ。問題は、東園重孝がどうでるかだ。
俺を殴ったら、薫は俺をかばおうとするだろう。
逆に薫を殴ったら、薫は俺がかばってやる。
けんかになればいい。そして別れてしまえ。そう思った。
が、あいつは何もしない。腕を組んで、じっと見ているだけだ。
「…それだけか、坊主」
そう嘲るように言ったと思ったら、やつは薫の腕を掴み、抱きしめ、薫の口をむさぼるようなキスをし始めた。
最初は人前と言うこともあり少し抵抗を見せていた薫だが、そのうちとろんとした顔つきになり、体全体を預けるような形になった。
たったキスだけで…。
東園重孝は、唇を離し、まだ薫を腕の中に抱いたまま言った
「キスってのは、こうやるモンなんだよ。ま、経験不足の坊やには無理な話だな。キスだけで女をイかせられるようになったら、また挑戦しにきな」
そういうと、顔を真っ赤にしたまま、まだ足元がふらついている感じの薫を助手席に乗せ、自分は運転席に乗り込み、そのまま走り去って行った。
運転席に乗り込む前に見せた、不敵な笑みが目に焼きついた。