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彼女には手を出すな

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図書カードの落し物を拾った。

「2年3組 月影 薫」

同じ学年、隣のクラスだ。

俺はつい最近この高校に転入してきたばかり。

ここの学校の殆どのやつらが地元ということもあって、同じクラスのクラスメートぐらいしか知ったやつがいない。

この「月影 薫」なる人物がどんなヤツなのか興味があったので、休み時間、隣のクラスを覗いてみた。

薫…ということは、女か。いや、男でも薫という名前は時々ある。俳優の小林薫なんかがそうだ。

男だったら、学校の事務室に落し物届けすればいい。

女で…それもかわいかったら、運命的な出会いになるかもしれない。

ただ、この学校には名札というものがないので、どれが「月影 薫」なのか分からない。

ざわめいている2年3組の教室を入り口の前に立って眺めている。

「薫ー!今度の日曜日、空いてるー?」

女子の声。

声のした方に視線を移す。

ショートヘアの女子生徒が、窓際にある机の前に手を着いて机に座っている人物に声を掛けている。

その席の主は…

なんとまあ、すごくかわいい子が座っている。やった、神様ありがとう!

色白で、ふくよかな赤い唇。大きめな目にかかっている長めの前髪に、緩やかな二つ結び。

お、俺の理想にぴったりだ。

世界が止まった。これは本当に運命的な出会いなのかもしれない。

そこでボーっと突っ立っていると、次の予鈴が鳴った。

図書カード、渡し損ねた。いいや、今日の放課後にでも、帰り際を狙って渡してみよう。



『こ、これ…君のだよね』

『うそ、ありがとう!ずっと探していたの。』

『君ってかわいいね。よかったら付き合ってくれないかな』

『うふ。いいわよ。まずはお礼にキスね』


などという妄想を抱きながら、俺は教室に戻っていった。





放課後になるのを待ちきれず、俺はその後の授業に集中できなかった。

あの子には、付き合っている相手がいるのだろうか。

あんなにかわいいんだ。もしかしたらいるかもしれない。

いや、でも、俺様の魅力にかなうヤツなんかいる分けない。

前の高校ではそりゃあもてたもんだ。ちょっと流し目を送れば、女なんていちころ。

相手の男が、彼女を横取りされて殴りかかってきたこともある。

そんなもの、俺の知ったことじゃない。俺に魅力がありすぎるんだ。



放課後、月影薫の姿を探した。

見当たらない。もしかしたら、なにか部活に参加しているのか。

と、ふと校門のところに目を移したら、いた。愛しの彼女。

誰かを待っているのか?彼氏か?

側を通り過ぎていく他の生徒達が、手を振る。彼女もかわいい笑顔でそれに応えている。

誰を待っていたっていい。まずは俺の存在をあの子に認識させなくては。

と、歩を進めたとき。

スーッと、黒塗りの高級車が、彼女の前に止まった。

ななななんだ!?

中から出てきたのは、これまた高級そうなスーツをまとった、長身の男。

顔はよく見えないが、スタイルのよさは遠目にも分かる。一つ一つの動きにも無駄がない。

丁寧に助手席をあけ、彼女を乗り込ませる。ちらりと、彼女のうれしそうな笑顔が見えたような気がした。

そして彼女を乗せた車は、またスーッと走り去っていった。

ななな、なんなんだー!?

…そうだ、きっと彼女は、どこかの社長令嬢かなんだ。

あのスーツの男はきっと彼女専用の運転手なんだ。

そう自分に言い聞かせ、俺は渡しそびれた彼女の図書カードをカバンにしまい、帰路へとついた。



翌日、通学途中の生徒の中に、彼女がいないかどうかきょろきょろしながら学校へ向かった。

いた。

昨日、教室で話しかけていた、ショートヘアの女子と一緒だ。

制服のスカートから出ているすらりとした形のキレイな脚。

あの脚をたどっていくと…やば、勃ちそうになる。

あの子は、処女なのだろうか。

あの脚をなでた男がいるのだろうか。

だめだ、だめだ。妄想を頭から振り払う。

少し早歩きして、彼女達に追いつこうとした。

「あ、あの…!」

思い切って声を掛けてみる。

先にショートヘアが振り向いた。

「あの、月影…薫さん」

自分の名前を呼ばれて、彼女が振り向いた。

俺を見つめる目。ああ、なんてかわいいんだ。

「はい?」

「あの、これ、君のでしょ。昨日、廊下に落ちていたよ」

うぶな男の振りをして、図書カードを手渡す。

「あ、どうもありがとう。あの…えっと…」

声もかわいらしい。

「久保田。久保田誠です。隣のクラスの」

「あ、ごめんなさい。同じ学年なのね。私ボーっとしているもだから、隣のクラスの子まで知らなくって」

「いや、いいんだ。僕つい最近ここに転入してきたばかりだから」

「そうなんだ」

ふわりとした笑顔。

「薫、早く行かないと…!あんたも早くしないと、遅刻するよ」

「あ、ちょ、ちょっと待ってよ、加奈子!」

加奈子と呼ばれた、ショートヘアが走り出す。

俺は中学時代、短距離走の選手だった。走るのには自身がある。

思わず、薫の手を握って一緒に走ろうとした。

薫はびっくりした顔をして、俺から手を離した。な、なんなんだよ。

「…あんた、勇気あるね…何があっても知らないよ」

加奈子が言い、そのまま薫の背中を押して走っていってしまった。



朝礼の後、隣の席に座っていたクラスメイトが話しかけてきた。

「おい、見たぞ」

どうやら、俺が薫の手をつないだところを見られたらしい。別に恥ずかしくはない。はじめの一歩だと思ったから。

「あいつ、月影薫は、止めておいたほうがいいぞ」

「…なんで。彼氏でもいんのか」

「『彼氏』なんてかわいいもんじゃない。お前はつい最近ここに来たばかりだから知らないだろうけどな。とにかく、あいつだけは止めておけ。何があっても知らないぞ」

加奈子と同じ事を言っている。

いったい、何なんだ?

もう少し突っ込もうとしたら、一時限目が始まってしまった。

悶々とした50分が過ぎたと同時に、隣のヤツに聞いた。

「いったい、月影薫って、何者なんだよ」

わずか5分の間に、やつが話してくれたこと。

月影薫には、既に「婚約者」がいる。それも、地元の名士の次男で、東園重孝という男。

この高校に通っていたときは、裏のボスと呼ばれていたらしい。なのに生徒会長までやっていたという。成績も常に上位だった。だから、先生達も手の打ちようがなかったわけだ。

去年、月影薫が妊娠したと言う噂が流れたことがあり、彼女自身が校長室に呼ばれた時、その「婚約者」が学校に乗り込んできたという。

噂の張本人は、現在生徒副会長をしている深尾という3年生らしい。

「婚約者」の深尾に対する凄み方が、今も語り草になっているとかいないとか。

「だから、月影薫には手を出すな。いいな」

と、釘を刺された。

あの、かわいい子に「婚約者」…

「ど、どんなヤツなんだ、その、東園重孝って」

昼休み、さらに俺は食い下がった。

「お前も見たことあるだろ。放課後あいつを迎えに来ている男」

あの…スーツの男か…

作品名:彼女には手を出すな 作家名:moon