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細い肩

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あいつが大学3回生の年末。
俺はあいつの両親に挨拶をするために、一緒にあいつの地元に帰省した。
新幹線で約3時間。グリーン車の席を取り、ゆったりと寛いだ旅を楽しんだ。
あいつを窓側に座らせ、一緒に窓の外を眺めて笑いあう。
この笑顔をずっと独り占めできるなんて、なんて俺は幸せ者なんだと、柄にもなく思った。

あいつの地元は、地方の大都市。
活気あふれるところだと思わされた。
ここであいつは生まれ育ったのか…。感慨深くなった。

バスと電車を乗り継ぎ、ようやく着いたあいつの実家。
あいつが子供のころから飼っているというチワワが、吼えながら俺を出迎えてくれた。

「私一人っ子だから、この子が私の弟みたいなものなんです」
と、頬ずりしながらあいつが言う。

その弟チワワは、歯をむき出しながら俺に唸っている。
そしてその後から出迎えてくれたのが、あいつと面影がよく似ている穏やかな感じの母親、そして…気難しそうな父親…。
俺も気難しいやつだとよく言われている…さて、この勝負どっちが勝つか。

あいつからはあらかた話がいっているのだろう、特に根掘り葉掘り聞かれることはなかった。
俺の両親がすでに他界していて、残っているのは姉と兄のみ。という家族構成にも問題はないらしい。
が、年が一回り上というのはやはり引っかかるところのようだ。おまけに俺は大学の助教授で、その教え子に手を出した…。
あいつの父親は、酒もタバコもやらないらしい。
気持ちを落ち着かせるのにタバコに手が出そうだったが、あいつの淹れてくれたコーヒーで気を紛らわしていた。

「正直びっくりしましたよ、この子から連絡があった時は」
あいつの父親が口を開いた。

「大学の助教授とか…仕事は忙しいのですかな」

あいつの父親は、会社勤めのサラリーマンだ。俺のような仕事はまったく想像つかないのだろう。

「…学会の発表その他で、忙しくなることはあります」
「家に帰らないことも?」

何を聞きたいのか分かった。
自分の愛娘が寂しい思いをするのではないかということが心配なのだ。

「お父さん、私もう子供じゃないんだから、一人で留守番ぐらいできるよ」

あいつは知っている。学会となったら、数日家を空けなくてはいけなくなることを。

「それでも一人が心配って言うんなら、こいつを連れて行こうかな」

弟チワワを抱きしめる。
そ、それは勘弁してくれ…そいつはまだ俺に向かって歯をむいているじゃないか。

「…再来年あたり、ヨーロッパのほうに研修で1年ほど留学する予定があります。そのときは、こいつ…いえ、お嬢さんも一緒に連れて行きます」

「まあ、素敵♪」

今まで黙っていたあいつの母親が目を輝かせていった。

「お父さん、だったら私たちも観光がてらに、この子達に会いにいけるじゃない♪」

…きっとこの人の頭の中は、お花畑がいっぱいなのに違いない…。

「一回りも年下の教え子に手を出すなんて、どんなひどい人かと思っていたけど、素敵でまじめそうな人じゃない、お父さん」

グサグサ来ることをさらりと言ってのける…。

「お母さんとお父さんだって、八つも離れてるでしょ。あまり変わりないと思うけど。おまけにお父さん、お母さんの家庭教師だったって…」
「わかった、わかった!!」

父親が皆まで言うなと、あいつをあわてて制した。
何だ、俺たちと似たような境遇だったんじゃねぇか…。
それにしてもこいつのツッコミにはちょっと怖いものがあった。今まで猫かぶっていたのか?
俺の結婚後にはどんな試練が待ち受けているのだろうか…。

あいつが利かしてくれた機転のおかげで、なんとかあいつの両親には俺たちの結婚は認めてもらえたようだ。
ただ、学生生活が終わるまでは、二人のことは公にしないということで一致した。
やはり教え子と助教授が恋人同士というのは、いろんな面で問題がある。
あいつは、プロポーズの時に渡した指輪を、俺がクリスマスにプレゼントした細いネックレスに通し、身に着けていた。

春になり、あいつの大学生活も残すところ後1年となった。
来年の春、ここを卒業したら俺の苗字を名乗ることになる。

卒業論文も順調に進んでいるようだった。
相変わらず他の男子学生から交際の申し込みなんかもあったようだが、今では「付き合っている人がいる」とはっきりと断っている。
その姿を見ると、年甲斐もなくふとした優越感に陥ってしまった。

このまま、次の春を浮かれた気分で迎えられるはずだった…夏を過ぎるまでは。

夏休み、俺は学会の準備で忙しく、あいつは卒業したらすぐに結婚するのだから、少しは社会経験をしていたいと、地元に帰ってバイトをすることになった。
付き合い始めてから4年目…考えてみたら、こんなに離れているのは初めてのことかもしれない。
いつもだったら、夏休みもここに残り、研究室にこもっている俺の元を毎日のように訪ねてきてくれていたのだ。
が、「おはよう」のメールから始まり、夜は「おやすみ」を言うまで電話で話をしていると、そんなに離れているのを感じさせなかった。

夏休みがもうすぐ終わるという頃、「会えるの楽しみにしている」という言葉を最後に、ぷっつりと音信が途絶えた。
新学期が始まっても、キャンパスに姿を見せなかった。
卒業してすぐに俺と結婚する予定でいるから、教育実習課程を取っているわけでもない。
ので、キャンパスには殆ど出てこないのは当たり前だが、今までは図書館などで俺の仕事が終わるのを待っていたりしたものだ。
携帯に電話してもすぐに留守電に切り替わる。メールをしても返事がない。

イライラし始めた俺は、あいつとよく一緒に連れ立っているのを見た同じゼミの生徒に聞いてみることにした。

「は、先生、知らないんですか?あいつ、体の調子が悪くなってしばらく地元にいるんですよ?」

そんなこと聞いていない…!
言葉が出てこない俺を見つめながら思い出すように少し顔を上げて、言った。

「夏休みの終わりかなぁー、短いメールが来て、そんなこと書いてありました。うん。」

自分に納得させるように頷きながらそう言った。

あわててあいつの実家の家に電話してみる。最初からそうしていればよかったんだ。
電話口に出たあいつの母親は、暗い声で
「…しばらくそっとしておいてやってください」
と言い、電話を切った。

たまらず俺はそのまま新幹線に飛び乗り、あいつの故郷に向かった。
夜遅く実家を訪れた俺にびっくりしたあいつの家族だったが、婚約者だということで門前払いを食わせるわけにも行かず、二階にあるあいつの部屋に通した。

あいつは寝巻きのままベッドに横になっていた。
胸に抱いているのは、犬のぬいぐるみ。
以前俺を吼えて出迎えてくれたチワワは、夏休みの間寿命が来て死んでしまった。

ベッドに腰をかけ、あいつの名前を呼びながら、頭をなでる。
あいつの体が強張った。

「…どうした」

あいつは俺に背を向けたままだ。

「何があった?俺のことが嫌いになったか?」
「違います!!」

起き上がり俺を見つめた目は真っ赤だった。ずっと泣いていたのかもしれない。
何があったんだ?
作品名:細い肩 作家名:moon