小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

最後の夜

INDEX|1ページ/2ページ|

次のページ
 
暖炉の前にはワインとチーズとクラッカー。
傍から見れば、愛し合う者同士のロマンチックな夜と見えるかもしれない。
これが、もしかしたら最後の僕たちの夜になるかもしれないと思うと、複雑な思いが胸を駆け抜けていく。
僕に出された、アフガニスタン行きの命。
出向期間は4ヶ月だが、クリスマスも、大晦日も、ニューイヤーも、バレンタインも、一緒に過ごすことが出来ない。
彼女は一人ここで、僕の帰りをじっと待つだけだ。
家族そろってのクリスマスなのに、彼女は一人。
彼女は実家からは、半勘当の身。
なぜなら、僕たちの肌の色が違うから。
僕は黒人とヒスパニック系の血が混じっているので浅黒い。
反対に彼女は「ジャスミン」と言う名前の通り、真っ白な肌をしている。
そして僕には父親がいず、母親とも高校を卒業してからは殆ど連絡を取っていない。
彼女は、上流階級とは言わないが、かなり厳格な家で育った。
一人娘だから、それは大切に育てられたに違いない。
僕は高校卒業後、軍隊に入ることに決めた。
コンピューターが得意だった僕は、サイバー関係の仕事につくことになった。
そこで僕は、インターンとして入ってきたジャスミンと出合った。
僕が指導係となった事で、一緒にランチをとったり世間話をするようになり、ディナーに誘うようになった頃には、指導係とインターンと言う関係よりももっと近い関係になっていた。

僕達が初めて愛し合った日も今日の様な雪が降っている日だった。
大雪になるとの予報だったが、その日のうちに仕上げなくてはならないレポートがあり、残業をして外に出てみると駐車場はすっぽりと雪に覆われていた。
僕の車は4駆搭載のSUVだったが、彼女はその体に似合う様なツードアの車を運転していた。
この雪の中では運転が困難だろう。
そう思い、僕の車で送って行く事を申し込んだ。
最初は遠慮していたが、雪が降り続いて来る空を見上げため息をひとつつき、

「じゃあ、お願いします」

と、少しはにかんだ笑みを浮かべた。
彼女の住むアパートは、職場から約10分程の所にあった。
僕の住まいはそれから約30分程離れている。
でもこの雪だったら他ののろのろ運転の車の影響を受けて、もしかしたら1時間はかかるかも知れないなと、心の中で思っていた。
実際彼女のアパートに着くのも10分以上はゆうにかかった。
降りしきる雪の中彼女を下ろし、明日はもしかしたら職場は閉鎖になるかもしれないね、などと言いながら別れの挨拶をしていた時だった。

「…よかったら、泊まっていく?この雪だったら家に着くの真夜中過ぎになるんじゃない?」

と、彼女が聞いてきた。

「いや、それはいくらなんでも…」

と、断りを入れたが、

「大丈夫。襲ったりしないから」

そう言って微笑んだ彼女の笑顔を拒む事が出来なかった。


彼女は僕のためにハチミツ入りのホットミルクを作ってくれ、ソファベッドをセットしてくれた。

緊張してなかなか寝付く事ができず、携帯を弄っていたら、彼女の寝室のドアがゆっくりと開いた。
ドアから覗く金色の軽くウエーブのかかった髪。
窓から差し込んで来る雪明かりに浮かび上がる白い肌。

「…なんで、来ないの…?」

真っ赤な唇が開き、言葉を紡いだ。
僕は息を飲み、瞬きをするのも忘れていた。
誘われるように手を差し伸べた。

「…おいで」


僕の浅黒い肌の下で彼女の肌が更に白さを増して見えた。
可愛らしく芳しいジャスミンの花の様な色香に酔いしれる。

「あなたの黒曜石の様な目が好き。温かみのある健康的な色をしたあなたの肌が好き」

彼女はそう僕に囁いた。

肌の色に関して、僕達は特に気にした事はなかった。
だけどこうして肌を重ねる事によって浮かび上がるコントラストを僕は美しいと感じた。

彼女が立てるちいさな寝息を側で聞きながら、職場の緊急用番号に電話をかけてみる。
案の定、この大雪のために、特別職員以外は自宅待避と言う事だった。
明日はゆっくりできる…何をして過ごそうか…なんて事を考えながら彼女を胸に包み込み、僕も眠りについた。


年に一度、僕達が務める職場では、家族感謝デーの様なものがあり、職場の中を案内する事ができる。
僕には呼ぶ家族がいない。
ジャスミンは自分の両親を呼んだと言う。

「あなたを両親に紹介したいわ」

そう言った。
正式なプロポーズはまだだったが、僕たちは結婚するつもりでいた。
感謝デーの当日、時間を決めてカフェテリアで待ち合わせをする事にした。

待ち合わせの時間、僕は何時も彼女と座る席で彼女が両親を連れてくるのを待っていた。
数分遅れてやって来た彼女は僕の姿を認めると、満面の笑顔を湛えて僕の方へとやって来た。
僕は椅子から立ち上がり、彼らがやって来るのを待った。

「パパ、ママ。この人が話していたマイケル」
「初めまして…」

手を差し出した。
向こうも直ぐに握り返してくれるものとばかり思っていた。
が、手が差し出されるのに少し躊躇が感じられ、握られた手はほんの手先だけで2秒も触れ合っていなかったと思う。
彼女の両親、特に父親の目には蔑みの色が見られた。
ふと彼女の方を向き、

「…黒人と付き合ってるなんて、聞いてなかったぞ…」

小さい声だったが、はっきりと僕の耳には届いていた。
黒人を侮蔑する単語と共に。

確かに現在でも人種差別は存在する。
が、此処まであからさまにする人にはまだ会った事はなかった。
僕は固まってしまっていたと思う。
彼女は顔が真っ赤になっていた。
ごめんなさいと僕に言い、彼女は父親の腕を掴み、カフェテリアから出ていった。
彼女の母親は一言も発せず、僕と目を合わす事もなく、そのあとに付いて出ていった。


その夜彼女は僕の家にやって来た。
泣き腫らした目。
だけどどこか吹っ切れた様な表情。
そして大きなスーツケースを持って。

「アパート、引き払っちゃった。此処に置いてくれる?」


あの後、父親から仕事を辞めて故郷に戻って来るように言われたらしい。

「時代遅れの世界に住んでいるのよ、あの人」

そうため息混じりに肩を竦めながら言った。

「『勝手にしろ』って言われちゃった。顔も見たくないって」

「…いいのか?」

僕なんかを選んで…

もう子供じゃないの。
私が愛する人は自分で決める。



僕たちはその夜激しく愛し合った。
ジャスミンの両親に申し訳ない気持ちもあったが、それよりも何より自分を選んでくれた彼女が愛おしくて仕方がなかった。

翌日僕たちは二人で住めそうな物件をネットで検索していた。
そして見つけたのが、今住んでいる暖炉付きの小さな一軒屋だった。
以前は老夫婦が住んでいたと言うこの家は、年季は経っているが、丁寧に使い込まれた感があり、落ち着いた雰囲気を見せていた。


「…寂しい思いをさせてすまない」

彼女の真っ白い肌は、今は暖炉の炎が反射して茜色に染まっている。
僕のせいで…そういう気持ちで一杯だった。

「仕事だもの。仕方ないわ。4ヶ月でしょ?大丈夫」

僕に向けられている笑顔だが、無理して作られていると言うのはわかった。
涙の膜が張っている瞳が揺らめいている。
作品名:最後の夜 作家名:moon