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忠犬たる死刑囚

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電車から降り、駅を出る。

信号の色が変わると共に景色が動き出す。


「Dalalaladaー♪」


その動きに合わせて、シオン=B=チェシャンも横断歩道へと歩を進め始めた。

前回の皇子救出依頼から半月。

報酬は好ましいものではなかったらしいが、持ち出した金品はそれなりの値がついたらしく、将太の機嫌も直った。

金銭のやりくりに関してはシオンは全くもって興味がないが、将太の機嫌が悪いのは困る。

将太の機嫌の悪さは自分の収入に影響するからだ。

収入が減れば女も酒も大好きな相方の改造も思う存分できなくなる。


「Dalalalalalaー♪」


とりあえず今回は無事収入が入り、シオンは街外れの店から新しい器具を購入できたというわけだ。

横断歩道を歩く。

様々な人間が多方面からやってきては過ぎていく。

きっととてつもない騒音を伴っているのだろう、とシオンは皮肉に笑いながら通り過ぎ行く人々を見る。

がちゃがちゃと重低音を中心とした音がヘッドフォンから自分の聴神経を揺さぶる。

不快と快の境界線上にある音量が、五感の一つを世間から切り離す。

だからこそ視界に入る人間は動くだけの人形のよう。

まるで動く絵を見ているよう。


「Daladadadalalaー♪」


ああ、気分がいい。

事務所を目の前にした信号でシオンは再び立ち止まる。

お世辞でも綺麗だとはいえない汚らしいビル。


「Dalalaー…?」


その入り口。

上品な身なりをした若い女性が1人、入るか入らないかを迷うように何度も入り口前を往復している。

シオンの頭の中で考えられる可能性が幾つか浮かび上がった。

一、1階の機械整備工場の客。

だとしたら、入り口前ではなく全開になっている車庫に行くはずだ。

二、2階の俺達の依頼人。

見た目だけの判断ではあるが、あんな一般人が来るだろうか。

三、3~4階の住人の女

一番可能性は高い。

まぁ、自分の女ではないはずだし、将太に関しては管轄外だろう。

四、5階の風俗嬢派遣会社の採用希望者

だったらあんな上品な格好をする時点で出直しだ。


「Aaー…」


しかし、いくら可能性が低いとはいえ自分達の依頼人だったら無視する訳にはいかない。

シオンはポケットに手を突っ込む。

かろうじて一枚だけあったのは、我らがデクナ事務所の名刺。

会社名と連絡先だけが書いてある簡素なものだが。

信号が変わり、ビルへと近付く。

そのまま女に近付くと、女も自分に気付いたのか、ひどく驚いた様子でシオンのことを見た。

別にそんな驚いた目でみなくてもいいだろうに。

シオンは少しだけ不機嫌に唇を尖らせる。

将太のように常時全身黒スーツでもなければ、春燕のように自分の踝まである背丈違いの上着を着ているわけでもない。

自分の格好は普通なはずなのだが。

女の前で立ち止まると、女の目が動揺で揺らいだ。


「えっと…?」


首を傾げる女に、名刺を差し出す。

すぐに女の表情が今までの驚きとは違う、驚きの表情になった。

万人男受けのいい女なんだろうな、と別のことを考えていると、女は「あの、私っ…」と自己紹介だが何だかをしようとし始めた。

しかし、ここでされても困るし、興味もない。

とりあえず、自分達の依頼人だということが分かっただけでも自分は偉い。

女の言葉を無視して、入り口へ向かう。

入り口の硝子扉を開けたところで、振り返る。

女が困ったように辺りを見回しているため、シオンはまるで動物を呼ぶかのように、片手をひらひらと上下させ、女を呼んだ。


*


湿度が高い階段を上り、事務所の扉の取っ手をひねる。

しかし、開かない。

だが、鍵が掛かっていないのは分かる。

時刻は正午は過ぎ、事務所に住んでいる春燕は起きているはずなのだから。


「…Han!!」


というわけで、蹴った。

すんなりと、開いた。

扉はぎいぎいと古めかしい音を立てるが、使用不可能にはなっていない様子だった。


「シオン、挨拶」


扉の先。

春燕が片腕を振り、挨拶をするのに、シオンは軽く手を上げて応え、中に入る。

女も扉をしきりに気にしながらも続いて中に入った。

その様子を見て、春燕が首を傾げる。

大きく丸い目が更に丸くなっているのが可笑しくで、思わずシオンは口角を上げた。


「シオン、女?将太、女、趣向、変更?依頼人?」


春燕の口からでる上げられる可能性に、シオンは三つ目だ、という意味で指を三本立てた。

春燕も納得したらしく、うんうんと頷くと、「将太、数分、経過、再社」と肝心な交渉人がいない旨を言う。

将太がいないとなると困る。

シオンも春燕も実行部隊なのだから。

どうしようかと頬掻いて、怪訝そうな顔をしている女を見ていると、革靴の足音。

そして、


「こらあ!春燕!!いくら扉が開きにくいからって体当たりして開けるの止めろって言ってんだ…ろ…って…シオン、女連れ込むなよ」


勘違いに勘違いが重なっている発言をしながら将太が帰ってきた。

とりあえず、将太の発言内容否定のために、首を横に振っておく。


「将太、女、依頼人」

春燕がその横からさらに勘違いを訂正する。

次の瞬間、将太の顔が一気に明るくなるのが見えた。









作品名:忠犬たる死刑囚 作家名:嘘着