ラストメモリー
「あら、まだいたの。さっきのは気にしないで」
クリスチャンのしかめ面に、今度はこらえ切れなかった。
声をあげて笑った。
「いってらっしゃい」
外にいるとき、たいていブリスは屋敷のそばにいた。自分が必要とされるときに備えてだろう。
「永遠のそばについててくれ」
今日は梨の木の前にあるベンチで凍りついていた。
「出かけんの?」
「いや、探し物だ」
長い間、同じ姿勢でいたのだろう。頭や肩にうっすらと雪が積もっている。
数日前も雪が降っていた。そのとき永遠が窓の外に焦がれる視線をやりながら、もらした言葉をクリスチャンは忘れていなかった。
―クリスマスも、雪だといいな
天気を操ることはできないが、自分にできる方法で、永遠を喜ばせたいと考えていた。
「俺さ、永遠を見るたび思うんだ。最善を尽くしてねーんじゃないかって。世界一の医者んとこで、治療でもなんでも、受けさせるべきだったのかもしれない」
「仮に長く生きられるとしても、永遠は機械に繋がれることを望んではいない。おまえだって本当はわかっているのだろう。それはわたしたちのエゴだと。彼女は今、幸せだ」
ブリスが腰を上げた。
「ああ」
すっかり打ちのめされた様子のブリスに、以前は存在さえしなかった感情が沸き起こった。
「まず厨房へ行って、温かいものでも飲ませてもらえ。つめの先まで凍りついている」
ブリスが鼻を鳴らした。
「俺の世話を焼く必要はねーよ。自分の面倒は自分で見られる」
ああ、そうだろう。
クリスチャンはブリスの背中に声を掛けた。
「もし望むなら、おまえにもサンタクロースを演じさせてやる」
部屋に入ってきた二人を見て、キティーはいそいそと部屋を出て行った。
クリスチャンもブリスも、二人分の食事を手にしていたにもかかわらずだ。
クリスチャンは永遠の膝にトレーをのせた。
もちろんキティーのことだから、ブリスが痩せた体つきにもかかわらず、大食漢なのは知っているだろう。
なら、どちらかがキティーの分も持ってくるべきだ。
ベッドわきに陣取ったブリスは、すでにパンにかぶりついていた。
なんだかセーターがずいぶん汚れている。袖の辺りには大きな埃がついているし。
何をしていたのか知らないが、せめて手は洗っていますように。
「今日は食べられそうか?」
対照的に清潔なクリスチャンもブリスの隣に座っていたが、まだ食べ始めてはいなかった。
トレーの上には、サラダ、スープ、魚、パン、それに小さなパイがのっていた。
もう残してもなにも言われないし、食べろと無理強いされることもないけれど、少しでも見栄えをよくしたいなら食べなければならない。
「食べるわ」
半分食べきることを自分に課した。
翌日は驚くほどの晴天だった。
この様子じゃ、ホワイトクリスマスは望めそうにない。
クリスチャンはクリスマスの前日だというのに、朝早くから出かけてしまっていた。だから永遠の傍らにはブリスがいた。
彼は何をするでもなく、永遠の顔を見つめていた。
「ブリス?」
「どした。なんか欲しいもんでもあんのか?」
いざとなると言葉がつかえた。
近頃、ブリスの元気がないのが気にかかっていたのに。
「永遠?」
口元に笑みを浮かべて首を振った。
「なんでもない」
悲しまないでなんていえない。自分勝手すぎるとわかっているから。でも感謝の気持ちなら伝えられる。
手を伸ばして額に垂れかかった銀の髪を撫でつけた。
「あなたのこと好きよ。私だけじゃない。あなたを大切に思ってる人はたくさんいるわ。それだけは忘れないで」
「永遠…」
ブリスが顔を背けて立ち上がった。
「俺、散歩行ってくる」
ブリスは後ろ手にドアを閉め、涙がこぼれないようにぎゅっと目を閉じた。
「なに、永遠に心配かけてんだよ、くそっ」
もうだいじょうぶだと思って目を開けると、キティーがいた。
謝罪しなければならないのはわかっているが、今は無理だった。
だが悲しみと思いやりに満ちた部屋に戻ることもできず、ブリスはキティーの同情するような視線から走って逃げ出した。