あの頃、こんなふうに
夕食後、思い出したように見せられたのは1通の封書だった。
「中学の同窓会?」
ざっと読んで尋ねると、隣に座る奈央子がこくりとうなずく。
「卒業10周年の記念企画だって。ほんとは去年だったけど、先生の都合がつかなくてだめだったから今年に延期したらしいわよ」
彩乃が実行委員だから聞いたの、と奈央子は中学時代からの親友の名前を出す。中学では柊も何度か同級生だった。1年と、今度同窓会がある3年のクラスで。
「で、行くのか」
「うーん、みんなには会いたいけどどうしようかな……この子もいるし」
視線を落とした先には、授乳直後でぐっすり眠っている娘の寝顔。この6月で半年になる。日に日に大きくなる我が子は、どちら似なのかはまだ判断できないが、とりあえず起きていても寝ていても非常に可愛い。
「9月だろ。まだ産休残ってるし、土曜日なら休めるからおれもついてくし行けば。雪花(ゆか)は実家に預けてさ」
「…………んー、でもどっちに預ける? まだお願いしたことないし」
言葉の先を半分本気で困ったようににごした理由は、聞かなくてもわかった。実家は歩いて2分の間隔しか空いていないご近所さんで、どちらの親にとっても初孫である。片方を優先する理由がなくて決めづらい。
「まあ、それは都合聞いてぼちぼち決めたらいいんじゃねーの。まだ時間あるんだし」
「そうね、仕事復帰したら機会あっても行きづらくなるし……じゃあ二人とも出席で返事出しとくからね。あ、幹事の長山さんと高野くん、ちゃんと覚えてる?」
バスケ部で同期だったクラスメイトの名に、ふと連想で思い起こされることがあった。12年前のちょうど今頃、朝練前の部室での出来事。……そういやあんなこともあったけな。
「ちょっと、聞いてるの」
「――え、ああ。大丈夫覚えてる」
「ならいいけど。当日会って『誰?』とか言わないでよ。後で卒業アルバム出しとくから念のため見といて」
わかった、とこちらが答えるのを確認して、奈央子は雪花を抱いたまま立ち上がった。奥の部屋へ向かうところを見ると、ベビーベッドに寝かせておくつもりらしい。
一人になり、緑茶の残りを飲みながら再度思い返していると、いつの間にか口元がほころんでいた。
あの日からどのぐらい後だったのかは定かでないが、一時期、湯浅が異様に静かだった頃があった。誰に話しかけられても言葉少なく不機嫌で、時には先輩や顧問に対してさえそうだったりした。
その時は別の意味で近づきたくないと思い、それ以上深くは考えなかったのだけど、今思い返してみるとたぶん、いや十中八九、奈央子に「立候補」して断られたのだろう。
湯浅に対していい気味だとはもちろん思うが、それ以上に、奈央子があんな奴と付き合わなくてよかったと、心の底から思う。たとえ付き合っていてもすぐ別れただろうけど、少しの間だったとしても、奈央子が嫌な思いをしなくてよかった。
こんなふうに自分が考えるようになるとは、あの頃は思っていなかった。まあそれを言うなら今のこの状況なんか想像もしなかったよな、と今度は少しだけ声に出して笑う。
当時は女子という意識さえなかった幼なじみと、結婚して子供を育てているのだから、未来は本当に予測不可能なものである。よくよく考えれば、あの時やけにイライラしたのは根底に奈央子への想いがすでにあったからなのだろうが、あの頃はその可能性の一端すら思い浮かばなかった。
湯浅を選ばなかった奈央子は男を見る目がある、はずなのだが現状を考えると、自信を持って言い切れない不安は実のところ今でも感じる。
本人に言うと呆れられるか怒られるかだと思うから言わないが、客観的に見れば(特に姉に言わせれば)、奈央子は頭はいいけど男の趣味はいまいちと言われても不思議じゃない、むしろ当然だろう。
けれど、他の誰が何を言っても、全く気にならないわけではなくともどうにか受け流せる。奈央子が選んでくれたのは自分で、彼女の気持ちは信じられるから。
あの頃の未来が今に――奈央子と、そして子供と過ごせる日々につながっていてよかった。柊はあらためて、自分の運命というか人生に、大きな有難みを感じた。
作品名:あの頃、こんなふうに 作家名:まつやちかこ