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かざぐるま
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欲望の方舟 ~選ばれしモノたち~

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『イタリア・カナル・グランデ イルミナティ』 元旦


 カナル・グランデはイタリア北東部、ベネチアにある大運河だ。市内を二分するように、北西から南東にかけてS字形に貫いている。例外なく、ここイタリアも甚大な放射線被害を被っていた。
 崩れかけたリアルト橋の下に秘密の入口があり、それを知っている者のみイルミナティの紋章(プロビデンスの目)が密かに刻まれているのに気付いただろう。この入口から石の螺旋階段を地下に100mほど降りると、ふいに最新式のドアが現れる。もしドアを開ける資格を一般の人が持っていたとしたら、その中にある安全で広大な施設に驚くはずだ。上を流れるカナル・グランデの地下に、このような最新設備を備えた施設があるとは誰も思っていなかったに違いない。
 だが現在は、この螺旋階段の下部をコンクリートが塞いでいた。
 この地下王国を司教マルティーノを含め、六人の使徒が治めていた。古文書の予言通り130人が生活し、来たるべき復活の日に向け準備をしている。数十年分の食糧の備蓄があり、教会や図書室なども充実していた。
 しかし……。放射線の影響はあまりにも凄まじく、空気濾過フィルターの設備しか無かった施設には悪魔が音もなく忍び寄っていた。
 それは『放射線障害』と呼ばれていた。最初軽い吐き気と全身倦怠だが、白血球の減少に伴い免疫力も低下してくる。次に歯茎から血が出るようになり、水晶体が混濁してくると同時に髪の毛が抜け始める。そして免疫力低下による細菌感染などにより、数十日で苦しみながら死ぬことになる。浴びる放射線の量によっては、もっと早く影響が出てくるだろう。
 バルロッティは最近身体がだるいことに気付いていた。食欲もあまりなく、マルティーノ司教が行う大事な毎朝のミサも休みがちになった。時を同じくして、130人いるメンバーの中にも体調不良を訴えるものが続々と出始めた。
 やがて、マルティーノ司教もミサに来なくなった。
 地下王国の中は今や呻き声しか聞こえてこない。もちろん医師もいるが、空気中に潜んでいる忌むべき物質に対抗する術は無かった。気づいた時には、もう全てが遅すぎたのだ。
 ろうそくの明かりだけの暗く湿った部屋で、バルロッティは最後の力を振り絞ってベッドから身を起こすと、黒い表紙の予言書を手に取った。
 予言書の最後の章にはこう書いてある。
【導かれし百三十の気高き魂を持つものたちよ。キリスト教会と無神論の破壊の後、ルシファーの顕示により『真の光』が迎えられる。悪魔の息から顔を逸らし、来たるべき光を待つのだ】
 震える手で文字をなぞりながら読み上げた。
「悪魔の息、ああ……真の光よ。お許しください。私は……見れ……ませんでした」
 バルロッティは激しく咳き込んだ。持っている本のページが血で赤く染まる。その拍子に本が手から滑り落ち、床に落ちて行った。
「ひゅっ」
 拾おうとした姿勢のまま最後の呼吸をする。そして、彼が起き上がることは二度と無かった。
 最後のひとりであったバルロッティの死によって、この地下王国は真の光を見る事も無く歴史の陰に沈んで行った。