グランボルカ戦記 7
街の空気が浮かれているおかげか、はたまたリシエールからこの街へ攻めよせるためにはジュロメ要塞を抜く必要があるという安心感からか、それとも、一大イベントのために押し寄せる人の数が多く、兵士の手が足りないせいか。アミサガンの街に入るための関は比較的簡単に通ることができた。
「・・・意外と簡単に入れるもんだ。というか、変装をしていたくらいで元上司の顔が判別できないとは、いやはや情けない話だね」
シエルはそう言って、フードを取ってウイッグを被った頭を出した。
「その情けない兵士達のおかげでこうして無事にアレクとエドの婚礼を見ることができるんだから、文句を言わないの。それに、通れたのはオデットのお陰もあるんだから感謝しなさい。」
そう言ってシエルと窘めるアリスもいつもとは違う化粧で顔の印象を変え、髪型も普段とは全く違うものに変えていた。
「こういう時のためにあの兵士さんとは顔なじみになっておいたんです。お役に立てて良かったです。」
唯一オデットだけは普段と変わらない格好で歩いていたが、オデットは二人と違い、指名手配されていないので当然といえば当然である。
「アレクがいつまでたっても指名手配を解除してくれないから、オデットには世話になりっぱなしね。」
「気にしないでください。・・・まあ、シエルさんは気にして私たちの前からいなくなってくれてもいいんですけど。」
「はは・・・相変わらず俺に対しては刺々しいね。」
「私がシエルさんに優しくする理由なんてありましたっけ?」
笑顔同士でありながら、まったく楽しい空気の感じられない二人の間に割って入って、アリスが二人を引き離す。
「まあまあ。じゃあ、シエル。いったんここで別れましょうか。日暮れ前にさっき入ってきた城門の前で集合っていうことで。」
「え、俺一人ってこと?」
「そのくらい気を使えってことですよ。やっとアリスと二人っきりになれるんですから邪魔者はどっか行ってください。」
「オデット、シエルに喧嘩を売らないの。・・・まあ、お世話になっているオデットの頼みだし、今日は別行動っていうことで。」
「・・・そんなことして、俺だけ置いて行ったりしないだろうな。」
「おお!そういう方法がありましたね。いいですねそれ。」
売り言葉に買い言葉で、再び喧嘩を始めようとする二人を見て、アリスはため息をつきながら口を開いた。
「挑発しないの。・・・シエルもそんなことしないから安心して。もしもそんなことをして憲兵に私たちの居所を告げ口されたら、新しい住処を探さなきゃならなくなっちゃうんだから。シエルとは日暮れ前にさっきの城門前で落ち合うってことでいいわね。」
「しかたないですね。」
「了解。じゃあな。」
シエルはそう言って背を向けると雑踏の中に消えていった。
「本当に大丈夫なんですか、あの人。下手な知り合いに見つかると面倒臭いんじゃ・・・。」
「まあ、見つかったら見つかったでその時でしょう。さすがに私たちを売るほど落ちぶれてはいないでしょうし、そもそも彼は極悪人の私にさらわれた哀れな騎士っていうことになっているから処刑されるようなことも取り調べを受けるようなこともないはずよ。メイがちゃんとアレクとエドに話をしてくれていればね。」
「だったら、さっさと戻ればいいのに。」
「まあ、私にさらわれた情けない騎士っていうレッテルを貼られたまま城に戻りたくないっていう気持ちもわからなくはないんだけどね。彼の腕はかなりのものだし、私の容疑が晴れるまでは一緒に行動することになるから、早く慣れて頂戴。」
「・・・はい。」
いまいち納得していない様子ではあるものの、アリスの言葉に、オデットは一応頷いた。
「お披露目の時間までにはまだ時間があるし、どこかで時間を潰しましょうか。」
「そうですねぇ、じゃあ南町のほうに美味しいデザートを出す店が・・・って・・・あれ?」
「どうしたの、オデット。」
「・・・あれ、アレクシス様じゃないですか?」
アリスがオデットの指差した先を見ると、確かにアレクシスがキョロキョロしながら雑踏の中を歩いていた。
「何をしているんでしょう?」
「多分あれは道に迷ったのね。」
「・・・は?」
「アレクは致命的な方向音痴でね。よっぽど慣れた場所でないと、ああやって道に迷うのよ。・・・ごめんなさいオデット、一応彼が城に戻るか、知り合いに会うまで尾行してもいいかしら。道に迷って婚礼に間に合いませんでしたなんてことになったら洒落にならないから。」
「そこまでなんですね・・・わかりました。デザートは今度にしましょう。」
「本当にごめんね。」
「いいですよ。アリスにとってアレクシス様がどれだけ大切な人であるかはわかっているつもりですから。さあ、そうと決まったら、見失わないうちに早く行きましょう。」
「うん。」
「なんで私を探してお城を出ちゃうかなあ・・・。」
門番からアレクシスが城を出たという話を聞いたエドは、すぐにその門番に言いつけて今日の警備責任者であるメイへ連絡させ、自分はそのまま街へアレクシスを探しに出かけた。
普段の格好に、婚礼用の化粧というのは少しアンバランスではあったが、放っておいたらアレクシスは街の外にまで出かねない。そうなってしまったら、婚礼をすっぽかされてしまった姫というとても恥ずかしいレッテルを貼られてしまうし、下手をすればリシエールの重鎮たちが責任問題を持ち出す可能性も出てくる。
(アレクって、悪気がないだけにたちが悪いよなあ・・・。)
そんなことを思いながら街を走っていると、城で、城門の一斉閉門を知らせる信号弾が上がった。
「ああ、やっとメイに連絡がついたんだ。」
エドは信号弾を見て、ほっと胸をなでおろし、走るのをやめて歩き始めた。
今エドが居るのは城までは大体歩いて10分位の距離。婚礼の式典まではまだ大分時間があるので、エドは少しの間、街を見て回る事にした。
いつもは露天のないような通りにまで、様々なものを取り扱った大小様々な露店が出て、グランボルカとリシエールの国旗がはためいている。両国の皇子と姫の婚礼なのだから当たり前ではあるのだが、エドにはその当たり前がすごくうれしく思えた。
「お・・・エー・・・エド。どうしたんだ、今日は予定があるんじゃないか?」
普段は市場で果物の屋台を出している男性が、普段とは違うサンドイッチの屋台から身を乗り出してエドにそう声をかけてくる。
「バカだねえ、エドがそんな細かいことに縛られたりするわけないじゃないか。ねえ、エド。」
男性の妻もそう言って屋台の奥から顔をだす。
エドの正体について、二人はうすうす感づいていながらも、普通の一人の町娘として扱ってくれる。エドはそんな絶妙な距離感が大好きで、二人とは懇意にしている。
「それが、アレックスが迷子になっちゃって探してるんだ。」
「ああ、じゃあさっきの城門閉鎖はそれか。まったく、あのボンはいったい何をやっているんだか・・・見かけたら城に連れて行けばいいかい?」
「うん。お願いおばさん。」
「ああ、まかせときな。」
作品名:グランボルカ戦記 7 作家名:七ケ島 鏡一