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金枝堂古書店 一冊目

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 彼女の『遊び』に付き合ってやろうと本を開く手を止めて隣を見やった。ごく近い距離で紫織と目が合う。何だか気まずくもあるが、動じない彼女から目を逸らしたら負けという気がして、仄暗い瞳を覗き込んだ。
「物語は艶美な触腕で私たちを誘惑し、捕らえ、虜にする。物語の見せる表情の一つ一つに一喜一憂し、物語はまたそれに応えて表情を変える。戯れているのか、踊らされているのか、わからないままで、私たちは幻想の世界に遊び、胸ときめかせる。燃え上がり、滾るような、昂りは、それは……きっと恋に似ている。シャルロッテを想うヴェルター。憎むほどに激しく狂おしい想いを抱き続けたヒースクリフ。この輝かしくさえある熱気が、真夏の太陽のようでなくて、いったい何でありましょう」
 濡れた瑪瑙の瞳、高潮して見える頬、湿った唇。夢見心地のような口調。それは本当に恋をするような――またはもっと貪欲な、官能的に近い――どこかうっとりとした顔で俺を見上げてくる。恋よりも酩酊に近い、と思った。
「冴え冴えと月が笑うような、薄ら寒い夏へと通じていることだってあるだろう」
 紫織は少しむっとしたように口を結んで後、それはどんなふうな、と訊いた。俺は先ほど開き損ねた、古き日本の夏へと通じる扉……一冊の文庫本の表紙を見せて言った。
「俺が読もうとしていたのはラフカディオ・ハーンさ」



/一冊目 了