記憶の冥き淵より
Ⅶ
ノートの記録は、母が父と結婚した後から始まっていた。
母は、明るい希望に満ちて父との結婚生活に臨んだようだった。しかし、その希望が暗転したのは、間もなくだった。母が結婚した男は、金にも女にもだらしない、どうしようもない男だった。母の新婚生活が苦痛に満ちたものになるのに、それほど時間がかからなかった。
そんな中、母は妊娠する。
母は初めての妊娠にとまどいながらも、これからの生活に新たな希望を見出していた。
やがて、母が残した記録は少し日付が飛び、子供が生まれた後の記録になった。
私はその内容を読んで、驚愕した。
生まれたのは、私ではなかった。それは、いなかったはずの兄だった。
兄は私が作り出した別人格ではなかった。やはり兄は存在したのだった。
私はとまどいながら、ノートのページをめくり、そこに書かれたことを読み続けた。
兄が生まれても、父の生活態度は変わらなかった。むしろ、悪化したと言ってよい。
兄は父に似ていた。母は父に似た兄を唯一の心のよりどころとして、大切に育てた。
兄が生まれて1年と少し経った頃、再び母は妊娠した。
これが私だった。
私が生まれて間もなく、母は父と離婚した。父は、私たち兄弟と母を捨てて、別の女と暮らすために家を出て行ったのだった。
母は父を恨み、憎んだ。そして、その憎しみは、父の面影を留めた兄に向かった。かつて、兄をかわいがったのと同じ理由で、今度は兄を虐待するようになったのだ。
虐待されていたのは、私ではなく兄だった。
母のノートには、父への呪詛が満ちていた。そして、兄に対するさまざまな虐待の内容が細々と記録されていた。それは、あたかも父に対して行った行為であるかのように、記されていた。
母は精神のバランスを崩してしまっていたのだ。
私は次々にページをめくっては、貪るように母の手記を読んでいった。
そして、遂にあの夜のことが書かれているページに突き当たった。
作品名:記憶の冥き淵より 作家名:sirius2014