記憶の冥き淵より
Ⅲ
貧乏には変わりはなかったが、私は母との二人きりの生活に慣れ、中学・高校に行き、奨学金とアルバイトの収入で、なんとかそこそこの大学に行った。きちんと就職して、30歳になる少し前には結婚した。
結婚の際に、戸籍謄本を取った。戸籍謄本を見れば、いなくなった兄のことが何かわかるんじゃないかと思ったが、不思議なことに、戸籍謄本には母と私の名前しか載っていなかった。父親の名もなかったのは、きっと父親がいなくなった後に本籍を移したからに違いない。
とにかく私は結婚し、それなりの収入も得て、人並みの生活を手に入れた。
この頃には、母は普通の婆さんになっていた。
やがて私にも息子が生まれ、母は初孫の誕生に大喜びだった。般若の形相で私を夜の暗闇に押し出した頃の母の面影は、もうどこにもなかった。
作品名:記憶の冥き淵より 作家名:sirius2014