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足軽物語

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田中家覚書(佐々木万次郎兼安書:1556消失)


 隻眼鬼が我が田中家に仕官し、かれこれ三か月が経とうとしている。御当主様の、旧来からの伝統を破った大胆なお取り立てに多少家中が荒立ったものの、お見立て通り、隻眼鬼の大きなる器によって、無事収束しつつある。それでも女房(女中さん)の連中の中には口さがないものもいるが、旧来の手法に染まりきった女たちだけであるので、構うのは時を無駄にするだけであろう。
隻眼鬼は、なんでも御当主様と御縁のある他家の三男坊であるらしい。口さがない女房は「無能な三男坊を押しつけられたのだ」と口にするが、使いこまれた胴丸と槍、それに右目の傷から見るに、歴戦の兵(つわもの)であるのは間違いない。そうでなければ御当主様が彼を当家の足軽大将に取り立てる道理もないだろう。
 そのような頼もしい者を当家によこしてくださる中谷様というお人は、よほど御当主さまに義理を感じてくださっているのだろう。有難きことである。
 隻眼鬼という名は、名の通り右目を失っているのみならず、彼がいつも顔をしかめており片時も気を緩めないことから付いたものである。御当主様は、天晴れ常在戦場の心得よと大層気にいられているようである。口さがない女房は「気が弱い故の強がりだ」ととんでもないことを言うが、城にこもりっぱなしのその連中は、隻眼鬼が自ら領地のあちこちに足を運び、土地の検分をされている様を見ていないからそのような事が言えるのだろう。
 家中の者に限らず地元の者共の話を大将自ら聞いて回っているのは、実際の戦場を知る者だからこそできることに違いない。先の足軽大将は部下をいたずらに走らせるばかりでふんぞり返っていただけであったから、どれだけ戦の備えに熱心でなかったのか分かろうと言うものである。件の女房は「泥臭くて有難みがないわね」とやはり口さがないことを言うが、考えてみれば、当家は鹿苑院様(足利義満)の代より続く由緒ある家とは言え、東の今川、西の織田と比べるまでもなく猫の額ほどの領地しかない。それも松平殿の負け戦や下らぬ家中のもめごとに付き合わされたせいで、ただでさえ狭かった領地がさらに狭くなっている。言うなれば、当家にはもう後がないのである。泥にまみれてでも戦の準備に勤しむ大将こそが、今日の当家には必要なのである。筆をとる者もそれに倣い、積極的に御家を盛りたてていくべきなのだ。
 そう、私のように。
 その証に、綿は戦場の陣中でこれを記している。常在戦陣が当家の新たな模範となるべきであれば、文筆の者も同じく戦場に立ち、足軽共を鼓舞し、先陣が危ういと見れば助けを出し、勝ちに貢献しなくてはならないと思うからだ。机上の空論のみで物事を語るのお終いにすべきなのである。
 隻眼鬼自らが出陣しているのみならず、我らは織田弾正中家の勘十郎様にお味方して、かの大うつけを成敗している最中である。これは織田弾正中家の跡目争いの戦となるであろう。そして勝利すれば、当家の栄達は間違いないであろう。品行方正にして勇猛果断。智と勇を兼ね備えた勘十郎様が、かの大うつけに負けるはずがない。加えて筆頭家老であられる林様、柴田様がお味方しているとあれば、これまた天魔でも降りてこない限り負けはないはずである。
 松平殿に引きずられ損ばかりしていた我ら田中家も、とうとう躍進の糸口を捉えたと言ってよい。そしてこの時に、隻眼鬼が当家を訪れたことはまさに天命だと言ってよい。
 主だった方々とともに轡(くつわ)を並べたとあらば、当家の織田弾正忠家での覚えもきっとよくなることであろう。このことはひとえに、我らが足軽大将、隻眼鬼の働きにかかっている。
 しかし何やら陣中が慌ただしくなってきた。はていったいなにごとやらが起こっているのだろうか。剣戟の音が近づいてきている。これはさてもさても、うつけの軍が苦し紛れに突撃してきたに違いない。我らが隻眼鬼がきっと、奴らを蹴散らしてしまうだろう。さてもさても頼もし

作品名:足軽物語 作家名:小豆龍