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足軽物語

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雇われ足軽 二郎(生年不詳~1458)



 よっ! 俺ぁ足軽、山城の総兵衛だ。現代で言う大阪の辺りの出身だ。実家は農民やってる。これでも押しも押されぬ長男なんだが、この戦乱の時代にひと旗揚げようと思ってはるばる京の都に参上仕ったってわけだ。なんてったって、俺は村でも一番の力持ちだったからな。戦場で出会う敵を自慢の刀で切っては捨て切っては捨て、ついには足軽仲間に戦場の英雄って呼ばれるようになった。近々、足軽をまとめる頭に取り立ててもらえるかもなんて噂まである。これで領地として村の一角でももらえれば……いや、そこまでの贅沢は言わねぇ。どこかのお侍さまに召し抱えてもらえれば……そしてそのお侍さまに気に入っていただければ、痩せた土地で畑を耕している一族の連中を奉公人として呼んでもいいってことになるかも知れねぇ。そうすれば、暖かい場所でいい飯を食わせてやれるっていう寸法さ。これで村の弟達や妹達を死なせずに済むんだ。
 腕っ節一つで成りあがったとなりゃ、郷土では豪傑ともてはやされ、ちやほやされるに違いねぇんだ。別嬪なお嫁さんだってもらえるかも知れねえ。郷土で信頼を集めることができれば、そこの土地を攻めたりする時に、村のみんなに協力してもらってお侍さまに策を献上することもできるかも知れねぇ。そうすればお侍さまも「こやつは使えるのぉ」と重用してもらえるようになるかもしんねぇだろ? くぁー! こりゃもう、頑張るしかねぇよな、俺ってば。へっへっへ、足軽だって、上手く事が運べば立身出世を望める。それが戦国の時代ってもんなんだぜ?
「おい、二郎、何ニヤニヤしてやがる。気持ち悪ぃぞ」
「へ、へいっ、カシラ!」
 悪ぃ、全部嘘だ。
 俺は総兵衛なんて立派な名前なんて持ってねぇ。二郎って名前から察してもらえると思うが、長男でもねぇ。つーか兄貴がいたのかも知らねぇ。どこの生まれなんか知るか。気がついたら生きてたんだ。父(てて)の顔も知らねぇし、母(かかあ)の「か」の字だって見たことがねぇ。ってか、字が書けねぇし読めねぇ。こういう時はコトバノアヤって言うんだったか? アヤちゃんって何した人なんだろうな。足軽にも名前が伝わってるなんてすごいよな。
 あ、ここがショウグンサマやシュジョウのお座す京の都だってのは本当だ。あと俺が足軽だってのもな。おっさんと俺は山足(やまあし)衆っつー、ここらでは名の通った雇われの足軽衆なんだぜ。
「いいかぁ、二郎。俺は嘘をつく奴らが嫌いだ」
「す、すいやせん、カシラ!」
 このこっわいおっさんが、今の山足衆の頭だ。二郎って名前はいくつか前の頭がつけてくれた。え、今までの頭はどうしてるかって? そりゃあ死んぢまってるに決まってるぜ。頭に流れ矢があたったり、出かけたまま砦に戻って来なかったり、恨みを買って後ろから刺されたり……。
 頭ってのは、気取って言えば足軽頭という奴だ。俺はその配下ということになる。まあ、そんな気取ったもんじゃないけどな。他にも色んな足軽が一緒にいたが、この前の稲荷山の戦で前の頭も仲間もだいぶ死んじまったから、要領のいい奴はみんな別の所に行っちまった。そんなボロボロの山足衆には、要領の悪いおっさんと俺しか残らなかったわけだ。
「いいか、よく聞け二郎。今、都で斯波の軍勢と細川の軍勢が戦ってる。あそこに見えるのがそうだ。終わりそうになったら行くぞ」
「へい、カシラ!」
 おっさんの指さす方には京の街がある。なに通りだかなに条だか忘れちまったが、その道を行儀よく馬で行くお侍さまや、壊れた家屋や壁を使ってこっそり行くお侍さまがいる。どっちに土地勘があるかはひと目で分かる。おっさんが言う、終わりそう、ってのはその土地勘がある連中を見て動けってことだ。前の前の頭に俺はその見方を教わった。
「俺が、今だ! って言ったらだぞ?」
 でも命令を出すのはおっさんだ。頭だからな。頭の悪い俺と違ってお侍さまと話をしたり、旗印を見てどこの軍勢かすぐに見分けて行動したりするんだ。俺にはとても真似できねぇ。
「へい、カシラ!」
「良し」
 おっさんと俺の見守る戦場では、色鮮やかな兜や鎧をつけて馬にまたがったお侍さま同士が、刀で斬ったり槍で突いたり弓で射ったりしている。ご丁寧に名乗りを上げ、いざ参らんと掛け声をあげ、ひいふっと射てはえいやっと斬り合いそうれっと槍を振る。その脇では俺達と同じ足軽と呼ばれている野郎共が、お侍さまの荷物や武器を持って走り回っている。
 でもあいつらは俺達とは根っこの部分から違う。
 俺達は雇われの足軽で、決まった主を持たない。勝ち馬に乗って恩の字って身分だ。でも、今目の前で戦っている足軽達は違う。奴らはお侍さまの家来の足軽だ。毎日上手い飯を食えるが、勝ち馬なんて選べねぇ。負けたら死ぬしかない。うまくやれば雇われ足軽のフリをして命からがら逃げ出すってことができるかも知れないが、それは負けた時の話でしかない。それもよっぽど運が良くなけりゃダメだ。
 なんてったって、きれいな武器やら鎧やらを着ているからな。
 運が良くないとどうなるかって? そんなもん、今すぐに見せたらあ。
 俺はおっさんに向かって頷いた。
「よし、今だ!」
 俺とおっさんは槍を手に、速やかに山を駆け下りて戦場に向かっていった。わぁ、という歓声が聞こえる。逃げ出す連中とそれを追いかける連中がいる。俺達も、わぁー! と歓声を上げながら、勝った方のフリをして追いかける。誰も俺達のことなんか気にしない。俺達と同じような雇われ足軽があちこちからやってくるからだ。
 俺達はこれから、目星をつけた死体にさささっ、と近寄って、金目の物を集めて回るのさ。用心には用心を重ねてひと目のつかない物陰に死体をひきずりこんでからでもいい。ここは戦場だ。流れ矢が飛んで来ないとも限らないからな。
 俺とおっさんは手慣れたもので、勝ち誇って相手を追いかけているお侍や足軽の目をぬうようにして、身ぎれいな奴等を見繕って崩れた壁の影にもっていく。俺は新品の刀と胴丸をつけて転がっている足軽に目をつけて、雑草がぼうぼうに生えた荒れた屋敷の陰に引きずり込んだ。
「や、やめ……助け……」
 あ、こいつ生きてら。よいしょっと。
「かっ……」
 時々かすかに息がある奴がいるんで、止めを刺したりもする。往生せいよ。あ、偉そうなお侍さんだったら助けて恩を売るってのも忘れちゃだめだ。礼として銭がたんまりもらえるからな。銭を渋るようなら戦ってた相手のところに連れてって褒美をもらうのもいい。え、卑怯者って言われて首が飛ぶんじゃないかって? 馬鹿だなあ。何で正直に話さなきゃいけないんだ? 初心を気取って「あの、こちらのお侍さまでしょうか?」って連れてきゃあいいんだよ。そうすれば後は渡した相手の気分次第で、そのお侍さんの未来は決まるってこった。お偉いお侍さまが敵味方と話し合って人と銭を交換し合うか、恨みつらみがあったら殺してしまうか。
 まあ、俺は今んところそういうのに出くわしたことないけどな。みんなおっさんから聞いた話だ。
作品名:足軽物語 作家名:小豆龍