ブリュンヒルデの自己犠牲
千鶴さんに抱えられる明日香に俺が手を伸ばした瞬間、俺の手が宙を掴んだ――。
足が動かない!
俺は倒れまいと手を伸ばし、明日香の制服を掴み、そのまま地面に倒れ込んでしまった!
「きゃ、火鷹! 何をする!」
明日香に覆い被さる様に倒れ、明日香のガーネットの瞳が俺の目の前にあった――。頬と頬が触れ合う程の距離だ! 俺は思わず頬を赤くする明日香を見つめていた――。
「な、何をやっている! 火鷹、痛いじゃないか――!」
「ああ、悪い悪い――。頼むから怒らないでくれ。本当に疲れて身体が動かなくて――」
「ならば、早くどいてくれ! わたしは立てないのだぞ! 姉さまだって見ている!」
「ああ、だから怒るなって――。すぐに起きるから…………」
あれ……。あれ…………?
「――どうした、火鷹? 何をやっている――?」
「……明日香、悪りい。本当にわざとじゃないんだが……、その……腰が抜けて……立てない……」
「ふっ……、ふざけるな火鷹――!」
「ふざけてねーって! あれだけ闘ってきたんだ! 俺がどれだけ疲れると思ってんだ?」
「だからって、これはないだろう? 少しはその……、君のことを格好良いと思ったに――。もう君のイメージは台無しだ! 姉さま、助けて下さい! いくら何でも、こんな真似は許されません!」
「あらあら、仲が良いわね……。羨ましいわ――」。
千鶴さんは涙を拭き、目を赤く腫らしたまま、クスクスと笑っていた。。
「いや、千鶴さん、違うんですよ本当に――」
「火鷹くん、明日香を助けてくれたプレゼントよ。しばらく見ないフリしてあげる」
「そんな、姉さま! 助けて下さい!」
千鶴さんは、フフフ……と笑いながら俺達に背を向けてしまった。
「そ、そんな! 姉さま――!」
「すまん……、明日香……。わざとじゃないのは分かってくれ――」
「火鷹、それは許してやる! でも変な事をしたら許さないからな! 絶対だぞ!」
「分かってるって! だから怒らないでくれって――」
「ふん、どうだかな――? どうせ変なことを考えていたのだろう……」
「そ……、そんなことは……ねえよ……」
いや、実はあるけどさ……。こんな腰が抜けた状態じゃカッコ悪くて出来ねえよ。
「キスでもして貰えるとでも考えていたのか?」
「うっ…………」
俺は思わず言葉に詰まる……。そりゃこんな明日香の唇が目の前にあるんだ。そりゃ考えねえ訳ねえだろう? でも、どうして分かるんだ――?
「神眼を侮るな! お前がわたしの何処を見ていたかで、何を考えているのかすぐに分かる! 断っておくが、こんな処で断じてそんな恥ずかしいマネはしないからな!」
うう……、ちくしょう……! 俺の青春は終わった……。人生は終わった……。
「でも……、君は命懸けで、わたしを助けてくれたのだ。礼を言わなければな――」
お礼? ご褒美、やっぱキスでもしてくれるのか?
だが俺の期待は裏切られた。明日香は瞳を閉じその唇を近付けてくるが、俺の唇を見事に素通りする!
キスなどあるはずもなく、明日香は唇を俺の耳元へ寄せ、小さな声で囁くだけだった。
「火鷹、君が好きだ――
わたしの全てを受け取って欲しい―― 」
作品名:ブリュンヒルデの自己犠牲 作家名:ツクイ



