世田谷東署おちこぼれ事件簿1-3
「鬼平もそう思うか、旦那が可愛がっている猫が奥さんになついていない。可愛がってればエサなん言うか、ゴハンだよな、奥さんは猫が可愛がってないな」
「そうですよね」
「ちょっと調べてみるか」
その前に、二人は旦那が散歩途中でいつも買い物している豪徳寺商店街で、関良子の言っていた被害者がいつも財布を持参していたと言っていた件を確かめる事にした。
豪徳寺商店街の精肉店で聞き込みを始めた。
「ええ、いつもご贔屓いただいてますよ、今日も上等な鴨肉を買われました。お肉と一緒にお財布もうちの店名の入ったビニール袋に入れて帰られました」
どうやら被害者は高級品を購入してくれる有難い常連客らしい。
「その時、誰か一緒でしたか」
「いいえ、いつもの様にお一人でした」
「どっちの方に行きました」
「豪徳寺さんの方に歩いて行かれましたよ」
「豪徳寺に」
「関さんに何か・・・やだ、もしかして豪徳寺で事件があったって聞いたけど、あの旦那さんだったの」
もう一軒鮮魚店でも聞き込みをしたが、この店でも高額の本マグロの刺身をよく購入している事が分かった。関孝三はこの商店街では上客らしい。
「財布を持っていたのは確かですね」
「強盗傷害事件か・・・」
豪徳寺の事件が強盗傷害だとすると、世田谷東署管内で三件連続で起きている、強盗傷害事件と関連があるのではないと純平は考えた。
山本刑事も、犯行手口がこの事件と似た点があり、連続強盗犯人の犯行の線もあるなと疑っていた。
「似てるな」
「それじゃ奥さんの方はどうします」
「勿論、調べるさ。財布が無くなっているからって強盗とは限らない」
「犯人が持ち去って偽装工作したって可能性があるって事ですね」
「ピンポン!正解」
「一%でも可能性があれば見逃すな。ですよね」
「鬼平さん勉強したな、それじゃ早速戻って近所の聞き込みだ」
「はい」
二人は被害者の自宅周辺に戻り聞き込みを行なった。
「関さんの所の奥さんね・・・これ、内緒よ」
近所の主婦は声をひそめた。
「何かあるんですか」
「男がいるのよ」
「愛人ですか」
「奥さんね、時々男の車に乗って戻って来るの。一本裏のうちの前で降りるのよ。このあいだなんか車の中でキスしてたの見たわ」
「その時の車のナンバーを憶えてますか」
「うちの前に違法駐車した事あったからメモってあるわよ、ちょっと待ってて」
被害者の妻関良子の男の名前は、車のナンバーから分かった。
「金子正次、二十五歳です」
「よし、署に戻ってこの男に前がないか調べてみる事にしてと、その前に」
「被害者の仕事関係のトラブルですよね」
「段取りが分かってきたね鬼平さん」
山本刑事と純平は被害者の質屋のある三軒茶屋に移動した。
二人は三軒茶屋に着くと世田谷通りと国道二四六の交わった所にある三軒茶屋駅前交番に立ち寄った。
「関質店ですか」
「社長の関のおやじに関係したトラブルがこの辺であったかどうかなんだけどね」
「ありましたありました。牛丼の店長なんですけど、三日前にもトラブルがありました」
交番の警官は被害者と牛丼チェーン「吉名家」三軒茶屋店の店長との間にトラブルが再三あったと言った。
「クレーマーなんですよ、態度が悪いとか、いつもと味が違うとか、いつも店長に苦情を言うのです。店の方が営業妨害だって交番に電話が入って交番から出動したんです」
「嫌がらせか」
警官は更に話を続けた。
「それだけならいいのですが、店で騒ぐだけじゃなくてチェーン店の本部にクレームの電話を入れるんです。店長はだいぶ頭にきてましたね」
「店長の名前は」
「山田新吾です」
山本刑事と純平は念のため牛丼店を覗いてから署に戻った。
「牛丼屋の店長に丼とは出来すぎやで」
「それにしてもなんで凶器に吉名家の丼だったんですかね」
「鬼平は他の牛丼屋で牛丼を食べた事ないのか」
「吉名家オンリーなんです」
「他の牛丼チェーン店の丼に比べて、吉名家の丼は作りが頑丈で凶器に使うにはうってつけだって事さ」
「でも凶器だったらもっと有効な物ありますよね」
「犯人にも何か事情があったんだろ」
「事情ですか?」
「所で奥さんの男の事、何かわかったか」
「はい。決まった仕事はしてない様です。フリーターですね」
「フリーターね・・・こっちの方が犯行の可能性は高いな、色と金の一石二鳥狙いか」
1-4に続く
作品名:世田谷東署おちこぼれ事件簿1-3 作家名:力丸修大