世田谷東署おちこぼれ事件簿1-3
牛丼と招き猫
「鬼平、ちょっといいか」
純平は山本刑事に呼ばれて一緒に空いていた取調室に入った。
「あの時お前が親族の捜査を優先すると決めた根拠は何だ」
「わざわざ旦那のケータイに電話を掛けてきているのだから相談者と関係のある人物の犯行だと考え、目的は何かの警告とか嫌がらせ目的だと判断して選択しました」
「だったら優先する順番をお前は間違えたな」
「えッ順番を間違えた?」
「お前が考えた通り親族の犯行で警告や嫌がらせが目的だとしたら、もう一方の赤の他人の葬儀社社員の犯行の目的はなんだ」
「ケータイを手に入れて売り飛ばす事です」
「だったら嫌がらせや警告目的の犯人は急いでケータイを処分する必要がない。だからしばらく手元に置いて置く確率が高いとも考えられる」
「はい」
「犯人が他人に売り飛ばす事が目的だとすると時間が勝負になる。盗んだヤバイ物は早くさばきたいと思うのが犯人の心理だ。それも闇社会に売り飛ばされたら証拠のケータイは二度と表に出てこない。そうなると犯人を逮捕できても犯行を自白させる物証がなくなり、犯人を落とす事はできなくなる可能性もあった。だとしたらどっちを優先するのが正解だ」
「葬儀社の方です」
「判断を間違えて、他の聞き込みに手間取ったらどうなる」
「その間に本ボシにケータイを売り飛ばされてしまう」
「そうだ、一つの事だけで判断するのではなく総体的に物事を見て判断をする事を忘れるな」
「すいません判断ミスでした」
「まあ今回は、プリペードカードがついていたから助かったて事だ。ついていたな鬼平さん」
「はい」
「あの時点では葬儀社の方を優先するのが正解だったが」
「あの時点?」
「茶パツにーちゃんの登場は想定外だった。妹が抜き取って茶パツにケータイを渡してたら、ケータイはすでに半グレ仲間から振り込め詐欺グループに渡された後だったかも知れんがな」
「はい」
「まあこれから勉強だ、頑張れよ」
「はい勉強します」
その時、事件の発生を知らせる第一報の館内放送が響いた。
「豪徳寺二丁目豪徳寺境内で傷害事件発生」
「豪徳寺さんには何だかご縁があるみたいだな。鬼平、行くぞ!」
「はい」
山本刑事と純平は刑事課を飛び出して事件現場の豪徳寺に急いだ。
山本刑事とコンビを組んでいた刑事が人事異動で空席となっていたため、あの日以来純平は山本刑事とコンビを組んで行動している。
現場の豪徳寺に近づくと、サイレンを鳴らして走る救急車とすれ違った。
「重傷だな」
バックミラーで走り去る救急車を見ながら山本刑事が呟いた。
現場にはすでに百十番通報を受けて、近くを巡回ルしていたパトカーが真っ先に到着していた。
「被害者は男性で六十代位と思われます。後頭部を凶器で殴られてました」
パトカーの警官に加え豪徳寺駅前交番から駆け付けた警官によって、豪徳寺の境内には立ち入り禁止と書かれた黄色い規制線が張られ現場保全がすでにされていた。
「被害者は」
「意識不明の重体です」
「被害者の名前は」
「関孝三、名刺入れがポケットにありました」
警官は被害者の所持品を渡した。
「これだけか」
山本刑事が受け取った透明のビニール袋に入っていたのは被害者が所持していたと思われる物が別々に一っづつ小分けされて入っていた。
「これだけか」
被害者の所持品は名刺入れに携帯電話とハンカチだけだった。
「はい、現場の廻りにも他の物は落ちてませんでした」
「被害者の住所は桜四丁目か」
「この近くです」
交番の警官が答えた。
名刺には自宅の住所の他に事務所の住所も併記されていた。
「事務所は三軒茶屋か」
名刺をひっくり返すと裏面に「関質店」のロゴと天狗の面のイラストが印刷されていた。
「被害者はあの関のおっさんか」
被害者は山本刑事の知っている人物だった。
「被害者ご存知なのですか」
「ああ、本庁が何か調べているらしい問題のあるおっさんだ」
そこに鑑識班が到着した。
「よ、山さん。そっちはれーの新しい相棒さんかい」
鑑識課員の中で一番年上の真田主任が鑑識の七つ道具の入ったジュラルミンのバックを肩から提げて二人に近づいて来た。
「鬼塚です、よろしくお願いします」
「鬼平さんよろしく、山さん良かったな」
真田主任が言った「良かったな」の言葉を、純平は前の事件が解決して良かったなと山本刑事を労って言ったのだと思った。
「ご苦労さん、凶器はその丼らしい。所持品はこれだけだよろしく」
「丼が凶器なんて珍しいな」
さっそく鑑識班が作業を始めた。
山本刑事と純平も境犯人に結び付くものが境内に残されていないか捜索を始めた。
「あーあッ、お堂をこんなに汚しちまって罰当たりが・・・鑑識さーん、こいつの写真も頼むわ」
被害者の倒れていた場所の脇にあるお堂の白壁に、被害者が凶器で殴られた時に飛び散ったと思われる血痕が付着していた。
「よし、病院に行くか」
山本刑事と純平は被害者が運ばれた大橋にある東邦医大医療センター大橋病院に向かった。
世田谷通りに出て三軒茶屋から二四六を走ると直ぐに目黒川の向こうに病院の白い建物が見えた。
一階の受付けで被害者の入院を確かめて、緊急手術を終えて被害者が入っている集中治療室を覗いた。
「患者さんの意識が戻ってません、面会謝絶です」
「家族の方は」
「奥さんが来てましたが直ぐにお帰りになりましたよ」
「帰ったんですか」
「ええ、五分位いましけど」
「五分で帰った・・・」
旦那が生死をさ迷っているのに、あっさり五分で帰ったと聞いて山本刑事は訝しげに口を尖らせて首を傾げた。
「自宅に行って話を聞きますか」
「そうだな当人から話を聞けない事だし、取りあえず奥さんから話を聞くか」
二人は現場近くにある被害者の自宅桜四丁目に向かった。
応対に出てきた被害者の奥さんは関良子と名乗った。その女の顔を山本刑事は改めて見直した。
被害者の旦那は六十代。それなりの歳の奥さんが出て来るのだろうと山本刑事は思っていたので、出てきた女が二十代後半位だったのがちょっと山本刑事には以外だったからだ。
「ICUに入ってて会えないし、帰って待つことにしたの」
「旦那さんのご趣味ですか」
室内に招き猫の置物が沢山置かれているのに山本刑事は気が付いた。
「ああ、主人がね。ガラクタなんだか・・・オークションなんかで買ってるのよ、私が買い物するとうるさいのに」
「ところで旦那さんは携帯電話に名刺入れとハンカチしか持っていなかったのですが」
「そんな事ないわ、いつも散歩に出掛ける時は猫のエサの材料買って帰るのよ。財布を持ってた筈だわ、帰ったら自分で猫のエサ作る人なんだから、高いお肉やお刺身でよ」
その時、被害者の家の飼い猫が尻尾をますぐ立てて部屋から廊下に出てきて玄関に現れた。
「しッ!あっちにいって」
良子はその猫を足で追い払った。
猫は良子に向かって歯を剥き出して唸り声をあげて威嚇した。
「そうですか、犯人について何か心当たりでも思い出されたら署の方にお電話ください」
山本刑事と純平は表にでた。
「奥さん何かありそうですね」
「鬼平、ちょっといいか」
純平は山本刑事に呼ばれて一緒に空いていた取調室に入った。
「あの時お前が親族の捜査を優先すると決めた根拠は何だ」
「わざわざ旦那のケータイに電話を掛けてきているのだから相談者と関係のある人物の犯行だと考え、目的は何かの警告とか嫌がらせ目的だと判断して選択しました」
「だったら優先する順番をお前は間違えたな」
「えッ順番を間違えた?」
「お前が考えた通り親族の犯行で警告や嫌がらせが目的だとしたら、もう一方の赤の他人の葬儀社社員の犯行の目的はなんだ」
「ケータイを手に入れて売り飛ばす事です」
「だったら嫌がらせや警告目的の犯人は急いでケータイを処分する必要がない。だからしばらく手元に置いて置く確率が高いとも考えられる」
「はい」
「犯人が他人に売り飛ばす事が目的だとすると時間が勝負になる。盗んだヤバイ物は早くさばきたいと思うのが犯人の心理だ。それも闇社会に売り飛ばされたら証拠のケータイは二度と表に出てこない。そうなると犯人を逮捕できても犯行を自白させる物証がなくなり、犯人を落とす事はできなくなる可能性もあった。だとしたらどっちを優先するのが正解だ」
「葬儀社の方です」
「判断を間違えて、他の聞き込みに手間取ったらどうなる」
「その間に本ボシにケータイを売り飛ばされてしまう」
「そうだ、一つの事だけで判断するのではなく総体的に物事を見て判断をする事を忘れるな」
「すいません判断ミスでした」
「まあ今回は、プリペードカードがついていたから助かったて事だ。ついていたな鬼平さん」
「はい」
「あの時点では葬儀社の方を優先するのが正解だったが」
「あの時点?」
「茶パツにーちゃんの登場は想定外だった。妹が抜き取って茶パツにケータイを渡してたら、ケータイはすでに半グレ仲間から振り込め詐欺グループに渡された後だったかも知れんがな」
「はい」
「まあこれから勉強だ、頑張れよ」
「はい勉強します」
その時、事件の発生を知らせる第一報の館内放送が響いた。
「豪徳寺二丁目豪徳寺境内で傷害事件発生」
「豪徳寺さんには何だかご縁があるみたいだな。鬼平、行くぞ!」
「はい」
山本刑事と純平は刑事課を飛び出して事件現場の豪徳寺に急いだ。
山本刑事とコンビを組んでいた刑事が人事異動で空席となっていたため、あの日以来純平は山本刑事とコンビを組んで行動している。
現場の豪徳寺に近づくと、サイレンを鳴らして走る救急車とすれ違った。
「重傷だな」
バックミラーで走り去る救急車を見ながら山本刑事が呟いた。
現場にはすでに百十番通報を受けて、近くを巡回ルしていたパトカーが真っ先に到着していた。
「被害者は男性で六十代位と思われます。後頭部を凶器で殴られてました」
パトカーの警官に加え豪徳寺駅前交番から駆け付けた警官によって、豪徳寺の境内には立ち入り禁止と書かれた黄色い規制線が張られ現場保全がすでにされていた。
「被害者は」
「意識不明の重体です」
「被害者の名前は」
「関孝三、名刺入れがポケットにありました」
警官は被害者の所持品を渡した。
「これだけか」
山本刑事が受け取った透明のビニール袋に入っていたのは被害者が所持していたと思われる物が別々に一っづつ小分けされて入っていた。
「これだけか」
被害者の所持品は名刺入れに携帯電話とハンカチだけだった。
「はい、現場の廻りにも他の物は落ちてませんでした」
「被害者の住所は桜四丁目か」
「この近くです」
交番の警官が答えた。
名刺には自宅の住所の他に事務所の住所も併記されていた。
「事務所は三軒茶屋か」
名刺をひっくり返すと裏面に「関質店」のロゴと天狗の面のイラストが印刷されていた。
「被害者はあの関のおっさんか」
被害者は山本刑事の知っている人物だった。
「被害者ご存知なのですか」
「ああ、本庁が何か調べているらしい問題のあるおっさんだ」
そこに鑑識班が到着した。
「よ、山さん。そっちはれーの新しい相棒さんかい」
鑑識課員の中で一番年上の真田主任が鑑識の七つ道具の入ったジュラルミンのバックを肩から提げて二人に近づいて来た。
「鬼塚です、よろしくお願いします」
「鬼平さんよろしく、山さん良かったな」
真田主任が言った「良かったな」の言葉を、純平は前の事件が解決して良かったなと山本刑事を労って言ったのだと思った。
「ご苦労さん、凶器はその丼らしい。所持品はこれだけだよろしく」
「丼が凶器なんて珍しいな」
さっそく鑑識班が作業を始めた。
山本刑事と純平も境犯人に結び付くものが境内に残されていないか捜索を始めた。
「あーあッ、お堂をこんなに汚しちまって罰当たりが・・・鑑識さーん、こいつの写真も頼むわ」
被害者の倒れていた場所の脇にあるお堂の白壁に、被害者が凶器で殴られた時に飛び散ったと思われる血痕が付着していた。
「よし、病院に行くか」
山本刑事と純平は被害者が運ばれた大橋にある東邦医大医療センター大橋病院に向かった。
世田谷通りに出て三軒茶屋から二四六を走ると直ぐに目黒川の向こうに病院の白い建物が見えた。
一階の受付けで被害者の入院を確かめて、緊急手術を終えて被害者が入っている集中治療室を覗いた。
「患者さんの意識が戻ってません、面会謝絶です」
「家族の方は」
「奥さんが来てましたが直ぐにお帰りになりましたよ」
「帰ったんですか」
「ええ、五分位いましけど」
「五分で帰った・・・」
旦那が生死をさ迷っているのに、あっさり五分で帰ったと聞いて山本刑事は訝しげに口を尖らせて首を傾げた。
「自宅に行って話を聞きますか」
「そうだな当人から話を聞けない事だし、取りあえず奥さんから話を聞くか」
二人は現場近くにある被害者の自宅桜四丁目に向かった。
応対に出てきた被害者の奥さんは関良子と名乗った。その女の顔を山本刑事は改めて見直した。
被害者の旦那は六十代。それなりの歳の奥さんが出て来るのだろうと山本刑事は思っていたので、出てきた女が二十代後半位だったのがちょっと山本刑事には以外だったからだ。
「ICUに入ってて会えないし、帰って待つことにしたの」
「旦那さんのご趣味ですか」
室内に招き猫の置物が沢山置かれているのに山本刑事は気が付いた。
「ああ、主人がね。ガラクタなんだか・・・オークションなんかで買ってるのよ、私が買い物するとうるさいのに」
「ところで旦那さんは携帯電話に名刺入れとハンカチしか持っていなかったのですが」
「そんな事ないわ、いつも散歩に出掛ける時は猫のエサの材料買って帰るのよ。財布を持ってた筈だわ、帰ったら自分で猫のエサ作る人なんだから、高いお肉やお刺身でよ」
その時、被害者の家の飼い猫が尻尾をますぐ立てて部屋から廊下に出てきて玄関に現れた。
「しッ!あっちにいって」
良子はその猫を足で追い払った。
猫は良子に向かって歯を剥き出して唸り声をあげて威嚇した。
「そうですか、犯人について何か心当たりでも思い出されたら署の方にお電話ください」
山本刑事と純平は表にでた。
「奥さん何かありそうですね」
作品名:世田谷東署おちこぼれ事件簿1-3 作家名:力丸修大