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世田谷東署おちこぼれ事件簿1-2

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捜査三日目、南田係長に許可された捜査の出来る最終日が始まった。
「葬儀屋と親族と、どっちを先にやる」
「山さんは」
「お前のヤマだ、お前が決めろ」
「はい・・・親族にします」
「親族か、それなら行こう」
 山本刑事と純平は世田谷区内でも最も閑静な高級住宅街である岡本二丁目にある旦那の両親の自宅周辺で聞き込みを始めた。
「金銭面では問題なさそうですね」
 純平は周りの大きな住居を見て言った。
「見た目に騙されるな、豪邸でも中は火の車って事があるぞ。捜査の基本だ」
「はい、すいません気を付けます」
 近所の住民やこの辺の住宅に出入りしている商店の御用聞きを捕まえて聞き込みを行なった。
 両親の評判は良く、夫婦仲も相談者とのトラブル話もまったく聞かれなかった。
「旦那の両親は問題なしだな」
「そうですね」
「次は奥さんの親族の方へ行くぞ」
「はい」
 二人は奥さんの両親の住んでいる太子堂に向かった。

「やっぱりこっちの方が落ち着くな、高級住宅地はどうもな・・・」
 旦那の実家岡本とは正反対。太子堂は近くに賑やかな三軒茶屋の繁華街がある場所で、太子堂は世田谷の下町だ。太子堂商店街の中程にあるその家は、一階が店舗で二階が住居の商店街の典型的な建物だ。
 二人は同じ商店街の精肉店に入った。
「警察?魚金さんちに何かあったの、お嫁に行った順子ちゃんは病気で亡くなっちゃうし、少し前まで休業してたのよ。それでね・・・あッ」
「それで」
 山本刑事は詳しい話を聞こうと身を乗り出した。
「ご近所の余計な事言いっちって、父ちゃんに怒られちゃうよ」
 女将さんは山本刑事を無視して仕事を始めようとした。
「美味しそうだな、僕コロッケ大好きなんですよ」
 山本刑事は、こんな時に何を言い出すのだ聞き込み中だぞと呆れ顔で純平を見た。
「あんた分かってるね。ひとつどう、うちのコロッケはお客さんに評判いいのよ。うちの一番の売れ筋」
 女将さんは純平にコロッケを一つ袋に入れて手渡した。
 純平は直ぐにコロッケにかぶり付いた。
「美味しーです。ころもがサクサク中はホクホク!学校帰りによく食べたなー」
「あんた食べっぷりがいいね。うちのコロッケも部活帰りの学生さんがよく買っててくれるんだよ」
「美味しかった、おいくらですか」
「いいわよ、サービスサービスよ」
「それで、さっきの話ですが、どんな事なんですか」
「大きな声じゃ言えないけど、順子ちゃん玉の輿だったからね」
「何かトラブルでもあったのですか」
「トラブルなんてそんな訳ないでしょ。人当たりはいいし、いつもニコニコで、親孝行でいい子だったんだから順子ちゃんは。旦那さんの親御さんも気さくでいい人で、トラブルなんてあるわけないわよ」
「商売の方は」
「それは大繁盛とは・・・どこも一緒。魚金さんはお客さんに美味しいて評判いいんだから」
 商店街の他の店でも話を聞いたが、両親に関わる悪い話は出て来なかった。しかし、その中で引っ掛かる話が出て来た。
「妹さんがねー。うちの娘が同級生でさ・・・」
「何か問題でもあるのですか」
「あっ、だめだめ。商売の邪魔しないで」
 豆腐屋の女将さんは話を止めて店の奥に引っ込もうとした。
「ご迷惑は掛けませんから」
 山本刑事は女将さんを引き留めようとしたが、背中を向けられてしまった。山本刑事は期待するかの様に思わず純平の顔を見た。
「大変ですよね朝は早いし、お豆腐さんは水を使うし冬場は特に、私の実家も八百屋なんで商売の大変な事わかりますよ」
 店の奥に行きかけていた女将さんは足を止めて純平を振り返った。
「刑事さんち八百屋さんかい。そうなのよ、どんなに冷たくたって素手だからね、ゴム手なんか使えないから、ほら・・・」
 女将さんはそう言って純平に掌を見せた。
「松陰神社前の太田皮膚科がいいって評判聞きましたよ」
「そうなの、いい事教えてもらたわ」
「行ってみてください・・・ところでさっきおっしゃていた事ですが」
「妹さんの付き合ってる彼氏なんだけどね」
「ええ」
「元暴走族で今も悪い連中と付き合いがあるとか、うちの娘から聞いた事があった。魚金さんちの妹も一時期バイクに乗ってた事があったわ」
 妹は元暴走族のレディースにいて、そこでその男と知り合ったらしい。
「その男の名前は分かりますか」
「今、娘が配達に出てるから帰ったら聞いてみて、近所だから直ぐに帰るから」

 妹の彼氏の名前は直ぐに分かった。
 名前は天野雄治。豆腐屋の女将さんの言った通り、元暴走族で前科はないが補導歴があるちょっと問題のある男だと分かった。今は暴走族を抜けて実家の商売の手伝いをしている様だ。それほどマークされている男ではないが、今でも昔の暴走族上がりの半グレ連中と付き合いがあるらしい。ちょっと問題があるのは、その半グレ連中が振り込め詐欺に関係している疑いがあり警視庁がマークしている事だった。
 あの夜、手伝いに来ていた近所の主婦が言っていた、奥さん側の家族と一緒に現れた茶パツの男がいたと言っていた事を山本刑事は思い出した。その茶パツが妹のボーイフレンドの大野雄治と言う事だ。しかし、大野雄治は犯行可能時間帯には帰っていたので網に引っ掛からず容疑者リストから漏れていたのだ。
「大野雄治、ちょっと怪しいですね」
「帰ったとしても、自分は手を出さず妹に命令してやらせたかも知れないなからな」
「どうします」
「考えたくないが・・・茶パツを引っ張ってる時間がない。仕方がない妹に直接聞いて確かめるか」
「そうですね」
 二人は奥さんの実家である魚金で家業を手伝っている妹に話を聞くことにした。
「言われたわ、ねーちゃんのケータイを抜き取れって、ダチにケータイを用意しろって言われたって言ってた」
「それで言われたとおり抜き取った」
「馬鹿言わないでよ。出来る訳ないでしょ、ねーちゃんの取れる訳ないでしょ」
「それじゃ」
「ぶん殴ってやったわ、そしたらあいつ帰っちゃった。次の日の葬儀にも来なかった」
 それで天野雄治は途中から居なくなったのだと山本刑事は納得した。
「天野とは」
「通夜にもお葬式にも来なかったし、それっきりであの馬鹿とはバイバイしたわ」

 捜査はまた振り出しに戻った。残るは葬儀社の線だけとなった。
「時間がないぞ」
「はい」
 山本刑事と純平は葬儀社の事務所のある下北沢に茶沢通りを車で向かった。
 当日現場にいた社員の内の二人は、今日が友引だった為都合よく事務所にいて事務作業していた。
 その二人は会社に長くいる信頼の置ける社員だと社長が話した。二人の社員にも話を聞いたが社長の言った通り怪しい点は何もなかった。
「ところで当日現場には社員の方が確か三人いらっしゃいましたよね」
「三人・・・ああ、バイトの」
「バイト」
「そうでした、当日はもう一人アルバイトが行ってました。ちょっと待ってください」
 葬儀社の社長はデスクに戻り、直ぐに書類を持って現れた。
「バイトの川合清一。あの日はもう一件葬儀が入ってまして途中で二時間ほど一人そっちの現場に行かせましたので、補助のバイトを加えて三人で対応させてました。そうだったよな」
「ええ」
「バイトですか」