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世田谷東署おちこぼれ事件簿1-1

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住宅街の真ん中にある弦巻通り交番勤務から、世田谷東警察署の刑事課勤務に異動となった。
 空き巣犯や下着泥棒を逮捕したなどと言った功績があっての昇進異動ではない。署内のどの部署からも欲しい人材だと手がまったく上がらなかった落ちこぼれ警官の異例人事異動だった。

 学生時代は体育会系の学生でもなく、文学部卒でおまけに部活も文学同好会。なのに場違いな体育会系の仕事場である警官になった。
 友人からはお前には無理だと笑われた。ゼミの教授からも警察に就職するなら国家公務員一種試験を受けて警察キャリア官僚を目指せばいいだろうと言われた。
 体力に自信があった訳でもなく、厳しい警察学校でも持久走ではいつもビリケツ、柔剣道は一度も勝てず。警察学校でも落ちこぼれ、それでも何とか卒業出来て警官になれた事自体奇跡だ。
 警官にそれほど拘った訳を友人に聞かれたが、その訳を誰にも話していない。

 警官になっても交番勤務では、ひったくり犯を追いかければ犯人に振り切られて取り逃がすし、パトロール中に住民を空き巣犯に間違えるなど失敗ばかりで、これと言った手柄を上げてはいない。しかし、交番を訪れるお年寄りには、警官としては自慢にもならないが、地域の住人特にお年寄りには他の同僚よりも人気があったと本人は自負している。暇潰しに寄っていく年寄りの話を嫌がらず聞いて相手をしてあげていたからだと当人は思ている。


 妻からの電話

「ちっと待って・・・っと」
 刑事課の南田係長が受話器を片手に課内を見渡した。
「誰もいないのか・・・はいはい今行きますから」
 課内にいるの係長と純平だけだった。
「仕方ねーお前でいいや、鬼平ちょっとこい」
 名前は鬼塚純平。刑事課内では皮肉を込めて「鬼平」と呼ばれている。世田谷東警察署刑事課の一番下っぱの成り立て刑事だ。
 純平は南田係長に手招きされ呼ばれた。
「はい」
「受付にお客様が来てるから取りあえずお前が話を聞いてこい」
 署の受付に事件の相談者が来てると連絡が入りその対応を指示されたのだ。
 あいにく刑事課の刑事は窃盗事件で皆出払っていて、課内に残っているのは電話番の純平しかいなかった。
「いいか、話を聞くだけだぞ余計な事は何もするな」
「はい」
 今のところ純平の仕事は、課内の資料整理と事件の聞き込み、そう言うと一人前の刑事みたいで聞こえはいいが、聞き込みは刑事二人一組で行う事と決められている為に人手のない時に先輩刑事の数合わせのただお供だ。
「それから、お客様に失礼のないようにしろ。署長に言われてるんだ警察もサービス業だからな、いいか忘れるな何もするな」
「わかりました」
 純平は署の一階フロアにある受付に急いだ。受付には、三十代後半と思われる男性が一人待っていた。
「どうぞお座りください。お話をうかがいますので」
 空いている応接室に男性を案内して中に入った。
「どうしましたか」
「実は、死んだはずの妻から電話があったんです」
「電話ですか、奥さまから。亡くなられた方とお話しになったのですかー」
「本当なんです」
 男性は純平が話を本気にしていないのだろうと思っている様だ。
「はい、分かってます。奥様とお話しになったのですよね」
「ええー、実際には話してはいないのですが」
「直接お話にはなっていないのですか・・・」
「でも、私のケータイに妻のケータイの番号が登録してあって、電話は妻からだとわかったんです」
「かかってきたのはケータイですね」
「ケータイの着信音が鳴って画面を見ると妻の名前が」
 男性は携帯電話に残っている着信履歴を純平に見せた。
「これです、これ」
 着信履歴データの中にある妻だと言う女名前を指差した。
「何も話されなかったのですか」
「ええ、私が出ると電話が切られたんです。妻の名前を呼んだのですが切れたんです」
「そうですか・・・電話が切れた」
「本当なんです」
 男性は他の警察署に相談に行ったが、話を少し聞いただけで男性の勘違いだろう事件性はないと判断され、まったく取り合ってくれなかったらしい。本当の事だと男性は純平にしつこく何度も言った。

 純平は男性の相談を受け付けて、刑事課に戻り直ぐに報告書にして南田係長に提出した。
「何だよ、まったくしょうがねーなッ」
 純平の報告書を読んだ南田係長は、やっちまったかと苦虫を噛み潰した顔で言った。
「・・・」
「話を聞くだけで何もするなって言っただろう。相談を受け付けちゃって・・・幽霊からの電話かーァ、テレビのワイドショーじゃないんだ、警察で扱う話かよ」
「・・・」
「受理して何にもしないと文句言われるじゃないか、忙しいのにどうするんだ」
「後始末は私がやりますよ」
 刑事課フロアの入口の方から声がした。
「そうだな、山さんに責任とってやってもらおうか」
 外回りから戻って来た山本刑事が二人の所にやって来た。
 純平は、係長の「責任」と言ったその言葉の意味をその時はまだ分からなかった。
「山さんに説明して後始末してもらえ」
 係長が山さんと呼んだ刑事は、刑事課の刑事の中で最古参のベテラン刑事だ。
 山本刑事は純平がまだ交番勤務のお巡りさんだった時から唯一の顔見知りの先輩警官だ。交番の近くで起きた窃盗事件を担当したのが山本刑事だった。その後も何度か純平の交番に立ち寄ってはお茶を飲んで休んでいった。
「プリペード式の携帯電話か、珍しいな」
「それに新しいまだ未使用のプリペードカードも一緒に付けて入れたそうです」
「そうか」
 純平の作成した報告書を見ながら山本刑事は純平の説明を聞いた。
「自宅で納棺の時、誰も他にいない間に内緒で奥さんの使っていたケータイを入れたと言ってました」
「そのまま焼き場で遺体と一緒にケータイも焼かれた筈だと言う事だな、そのケータイから旦那のケータイに電話が入ったて話しか」
「はい」
「旦那は何で誰も居ない時を選んで棺にケータイを入れたんだ」
「棺に金属など余計なものは入れない様にと葬儀屋に言われたそうです」
 読み終えて山本刑事は机の上に報告書を置いた。
「やっぱり幽霊か」
「なんか引っ掛かったんです。幽霊が電話を掛けるなんてあり得ませんから」
「そりゃそうだ」
「歴史小説でよく墓荒らしの話が出てくるんですが」
「ピラミッドの盗掘とかか」
「日本でも墓男が新しい墓を掘り起こして中の金品を奪う事件はありましたから」
「それは昔の土葬の時代の話だろ、田舎でも今は火葬だ。墓泥棒なんかあり得ない話だ。まあ有名人のお骨が盗難にあった事件はあったけどな」
「棺に入れたケータイが火葬になる前に抜き取られていたらあり得ます」
「盗難事件か、それとも旦那の一人芝居って事もある」
「どちらにしても事件は事件です」
「そりゃそうだ」
「盗難事件だとしたら葬式前日の自宅で納棺した時から次の日の葬祭場で火葬場に出棺する前に棺に釘が打たれるまでの間の時間だな犯行可能なのは」
「携帯電話は使い道はありますから盗む価値はあります」
「盗難事件なら旦那が携帯電話を入れた所を犯人が見ていたって事だな。どっちにしろちょっと捜査してみるか」
 そう言った山本刑事の顔に一瞬だが微笑みが浮かんだ。