食べ物による小話 #04「シーザーサラダ」
「シーザーサラダって何?」
その日は雨だった。
僕たちは、名古屋市上小田井にある大きなショッピングモールへ遊びにきていた。
ここには様々な専門店があり、さらには映画館まである。雨の日に遠くへ出掛けたくない。だがどこかへ行きたいという時にはもってこいの場所だと思う。
「シーザーサラダはシーザーサラダだと思うぞ。それ以上でもそれ以下でもないんだ」
あえて言うなら葉っぱを集めて調理したものになるが、果たしてそんな言い方が合ってるだろうか?
彼女は僕の顔を見ると、残念そうな顔をした。
「その言い回し、カッコいいと思っているの?」
「……だとしたら?」
「そう切り返すってことは、思っているということなのね?」
「いやそうは言って……」
「ああ、ああ。恥ずかしい。なんて恥ずかしい。まるでお正月に会う度に『あぁらーもうこんなに大きくなってー。もー美人になってー。ねー。ほほほ。あの頃はまだこんなに小さかったのにー。あれはいつぐらいだったかしらね。今いくつだっけー? んーと……。ああ、もう何十年と前なのね。あの頃は良かったな……。え? ううん、なんでもないわよ?
すぅー。
あ、そうそう、私あの頃の写真まだ持ってるのよー。見たいでしょ? えーっと確かこっちの鞄の中にアルバムが……ああ、有った有った。ほらほらこれこれ』とか言って、まだ小さかった私を、自分の息子が泣かせている写真を見せ付ける叔母のように恥ずかしいわ」
はぁー。
ぜいぜい。
「……息切れするくらいならやるなよ」
「もうあれは一種の挨拶よね」
「まーね……」
「挨拶という名の暴力よね……」
「菱沼さんもそな様なことを言ってたな」
「私はあそこまでぼーっとしてないわよ」
「一回同じ様に雪にハマって動けなくなったことあっただろ」
「それはあなたも一緒だったじゃない」
「……ソウイエバソウデシタ」
頃は十二月中旬。
モールの中はクリスマス一色だった。
大きなサンタのバルーンに、赤い帽子を被った店員たち。あらゆる場所に貼られた「クリスマスセール」のポスター。鳴り響く山下達郎とマライア・キャリー。
たくましいことである。
並べられたブッシュ・ド・ノエルを見ながら、彼女がぽそっとつぶやいた。
「サンタはウチに来るのかしら」
「良い子の所にしか来ないからな」
「じゃあ大丈夫ね」
いやいや。
「人を散々害虫呼ばわりしてたヤツの所にゃ来ねえよ」
僕の的確かつ致命的なツッコミにも、相変わらずこの女は微動だにしない。
「あれは愛情表現だからいいのよ」
「いや良かないよ!」
「何よ。毎度毎度話題を提供してあげてるじゃない?」
「だったら話題だけにしろよ。悪口を挟むんじゃないよ」
「じゃあその話題を広げてもらいましょうか?」
「何がだ」
とぼけてみる。
だが彼女は僕の頭をアイアンクローしながら、
「シーザーサラダだって言ってるでしょ」
脅迫(notお願い)してきたのである。
こうして僕は、毎度の食い物談義を始めざるを得無いのだった。やれやれだぜ。
「それ、モノマネだったら似てないわよ」
うるせえ。
――――――――――◇――――――――――
「シーザーサラダについて語り尽くして夜を明かしなさい」
「ここは十時に閉店だから無理だな」
「そもそもシーザーサラダをシーザーサラダたらしめているものはなんなのかしら」
「人の話聞けよ」
「入ってるのはレタスとかオニオン? それにクルトンを乗っけてチーズとドレッシングよね」
「……」
「よね?」
手が僕の頭にのびる。にぎにぎ。
「……チーズはパルメザンチーズだ」
「よろしい続けなさい」
何様だこいつ。
「まだあるんでしょ?」
にぎにぎ。
「……ドレッシングじゃなくてウスターソースです……」
母よ……。弱い息子をお許し下さい……。
「ほぅら御覧なさい。あなたが私に隠し事なんて一億跳んで十年早いのよ」
「閣下か」
蝋人形にされちゃうのか。
「というか、ウスターソース?」
「そう。ウスターソース。正確にはウスタースソースだけどね」
「サラダでしょ? ドレッシングじゃないの? あの『お手上げッス』って両手上げてる赤ん坊マークの会社だって『シーザードレッシング』って名前で出してるじゃない」
「何にお手上げなんだよ」
「んー……。はとや」
「お上を敵に回すとろくな事がないぞ!」
「正確には中のおざ」
「中の人なんていねえよ!」
あっぶねえ!
「いいじゃない。自らの職務を忘れ、立場を利用して、自分の利益を確保したいマスコミとやりたいことやってる人らでしょ? 実態だけ見たら、あんなのまるでヤク」
「もうほんっと自重して? ね? お上じゃなくて運営の人に怒られるよ?」
「その人達には迷惑かけたくないわ」
「じゃあ言うなよ……」
っていうかそのまま上げるなよ……。
――――――――――◇――――――――――
「で、ウスターソースなのはなんで? 普通はドレッシングよね」
「普通はね」
「なんで?」
普通では確かにウスターソースなど考えはしないだろう。彼女の考えはごもっとも。今ではどのレストランでシーザーサラダを頼んでも、原点回帰を目指さない限りはドレッシングを使うはずだ。
僕はその理由を知っている。
なぜかと問われれば。まぁただの雑学好きなだけなのだが、こうしてこいつと話している時に意外と役にたつ。しかも優位に立てる役立ち方だ。
これを利用しない手はない……!
「ちょっと、なんだか顔が新世界の神を目指すスーパー高校生みたいよ?」
「ご心配なく。リンゴは要らないからね」
「で、ウスターソースなのはなんでなのよ」
「……気になる?」
「当たり前でしょ」
腕を組み、僕を睨む。
くくく。計画通り。
さぁ困れ。気になるがいい。僕がお前のことで思い悩む夜を過ごしているとは知らず、毎度毎度くっだらない疑問ばかり持ちやがって。お前はこのままサラダとソースの疑問の海に放り込まれるのだ。まさにダウンロード先を指定し忘れたフリーソフトの様に。
くっくっく……。あはははは。
「もったいぶらずに教えなさいよ。このヤスデ野郎」
多足亜門ヤスデ網に属する節足動物。細く、短い多数の歩脚がある。ムカデと似るが、ムカデが肉食であるのに対し、ヤスデは腐食性で毒を持たない。踏むと異臭がする。森林地などで大量発生することもある。
ちなみに腐食性とは、生物の死骸など、腐った物を食べる性質のこと。少し前にこの性質を持つ蛆を使った、マゴットセラピーという物が話題になったが、これはこの性質を利用したものである。
「今度こそ害虫だ!」
「本当にバカね。本当はバカ以下なのかしら。だからヤスデなんて言われるのよ」
「言ったのはお前だ!」
「いい? ヤスデを害虫とみなしているのは一部の外国のみ。彼らから直接攻撃を受けることはほぼない、大人しい虫なのよ。むしろ、巨大なヤスデをペットとして飼育している人が居るくらいなんだから」
「どんなだよそれ……」
「メガボールとか言うらしいわ」
メガて。
「どちらにせよ虫じゃないか……。普通彼氏を虫扱いするかよ……」
その日は雨だった。
僕たちは、名古屋市上小田井にある大きなショッピングモールへ遊びにきていた。
ここには様々な専門店があり、さらには映画館まである。雨の日に遠くへ出掛けたくない。だがどこかへ行きたいという時にはもってこいの場所だと思う。
「シーザーサラダはシーザーサラダだと思うぞ。それ以上でもそれ以下でもないんだ」
あえて言うなら葉っぱを集めて調理したものになるが、果たしてそんな言い方が合ってるだろうか?
彼女は僕の顔を見ると、残念そうな顔をした。
「その言い回し、カッコいいと思っているの?」
「……だとしたら?」
「そう切り返すってことは、思っているということなのね?」
「いやそうは言って……」
「ああ、ああ。恥ずかしい。なんて恥ずかしい。まるでお正月に会う度に『あぁらーもうこんなに大きくなってー。もー美人になってー。ねー。ほほほ。あの頃はまだこんなに小さかったのにー。あれはいつぐらいだったかしらね。今いくつだっけー? んーと……。ああ、もう何十年と前なのね。あの頃は良かったな……。え? ううん、なんでもないわよ?
すぅー。
あ、そうそう、私あの頃の写真まだ持ってるのよー。見たいでしょ? えーっと確かこっちの鞄の中にアルバムが……ああ、有った有った。ほらほらこれこれ』とか言って、まだ小さかった私を、自分の息子が泣かせている写真を見せ付ける叔母のように恥ずかしいわ」
はぁー。
ぜいぜい。
「……息切れするくらいならやるなよ」
「もうあれは一種の挨拶よね」
「まーね……」
「挨拶という名の暴力よね……」
「菱沼さんもそな様なことを言ってたな」
「私はあそこまでぼーっとしてないわよ」
「一回同じ様に雪にハマって動けなくなったことあっただろ」
「それはあなたも一緒だったじゃない」
「……ソウイエバソウデシタ」
頃は十二月中旬。
モールの中はクリスマス一色だった。
大きなサンタのバルーンに、赤い帽子を被った店員たち。あらゆる場所に貼られた「クリスマスセール」のポスター。鳴り響く山下達郎とマライア・キャリー。
たくましいことである。
並べられたブッシュ・ド・ノエルを見ながら、彼女がぽそっとつぶやいた。
「サンタはウチに来るのかしら」
「良い子の所にしか来ないからな」
「じゃあ大丈夫ね」
いやいや。
「人を散々害虫呼ばわりしてたヤツの所にゃ来ねえよ」
僕の的確かつ致命的なツッコミにも、相変わらずこの女は微動だにしない。
「あれは愛情表現だからいいのよ」
「いや良かないよ!」
「何よ。毎度毎度話題を提供してあげてるじゃない?」
「だったら話題だけにしろよ。悪口を挟むんじゃないよ」
「じゃあその話題を広げてもらいましょうか?」
「何がだ」
とぼけてみる。
だが彼女は僕の頭をアイアンクローしながら、
「シーザーサラダだって言ってるでしょ」
脅迫(notお願い)してきたのである。
こうして僕は、毎度の食い物談義を始めざるを得無いのだった。やれやれだぜ。
「それ、モノマネだったら似てないわよ」
うるせえ。
――――――――――◇――――――――――
「シーザーサラダについて語り尽くして夜を明かしなさい」
「ここは十時に閉店だから無理だな」
「そもそもシーザーサラダをシーザーサラダたらしめているものはなんなのかしら」
「人の話聞けよ」
「入ってるのはレタスとかオニオン? それにクルトンを乗っけてチーズとドレッシングよね」
「……」
「よね?」
手が僕の頭にのびる。にぎにぎ。
「……チーズはパルメザンチーズだ」
「よろしい続けなさい」
何様だこいつ。
「まだあるんでしょ?」
にぎにぎ。
「……ドレッシングじゃなくてウスターソースです……」
母よ……。弱い息子をお許し下さい……。
「ほぅら御覧なさい。あなたが私に隠し事なんて一億跳んで十年早いのよ」
「閣下か」
蝋人形にされちゃうのか。
「というか、ウスターソース?」
「そう。ウスターソース。正確にはウスタースソースだけどね」
「サラダでしょ? ドレッシングじゃないの? あの『お手上げッス』って両手上げてる赤ん坊マークの会社だって『シーザードレッシング』って名前で出してるじゃない」
「何にお手上げなんだよ」
「んー……。はとや」
「お上を敵に回すとろくな事がないぞ!」
「正確には中のおざ」
「中の人なんていねえよ!」
あっぶねえ!
「いいじゃない。自らの職務を忘れ、立場を利用して、自分の利益を確保したいマスコミとやりたいことやってる人らでしょ? 実態だけ見たら、あんなのまるでヤク」
「もうほんっと自重して? ね? お上じゃなくて運営の人に怒られるよ?」
「その人達には迷惑かけたくないわ」
「じゃあ言うなよ……」
っていうかそのまま上げるなよ……。
――――――――――◇――――――――――
「で、ウスターソースなのはなんで? 普通はドレッシングよね」
「普通はね」
「なんで?」
普通では確かにウスターソースなど考えはしないだろう。彼女の考えはごもっとも。今ではどのレストランでシーザーサラダを頼んでも、原点回帰を目指さない限りはドレッシングを使うはずだ。
僕はその理由を知っている。
なぜかと問われれば。まぁただの雑学好きなだけなのだが、こうしてこいつと話している時に意外と役にたつ。しかも優位に立てる役立ち方だ。
これを利用しない手はない……!
「ちょっと、なんだか顔が新世界の神を目指すスーパー高校生みたいよ?」
「ご心配なく。リンゴは要らないからね」
「で、ウスターソースなのはなんでなのよ」
「……気になる?」
「当たり前でしょ」
腕を組み、僕を睨む。
くくく。計画通り。
さぁ困れ。気になるがいい。僕がお前のことで思い悩む夜を過ごしているとは知らず、毎度毎度くっだらない疑問ばかり持ちやがって。お前はこのままサラダとソースの疑問の海に放り込まれるのだ。まさにダウンロード先を指定し忘れたフリーソフトの様に。
くっくっく……。あはははは。
「もったいぶらずに教えなさいよ。このヤスデ野郎」
多足亜門ヤスデ網に属する節足動物。細く、短い多数の歩脚がある。ムカデと似るが、ムカデが肉食であるのに対し、ヤスデは腐食性で毒を持たない。踏むと異臭がする。森林地などで大量発生することもある。
ちなみに腐食性とは、生物の死骸など、腐った物を食べる性質のこと。少し前にこの性質を持つ蛆を使った、マゴットセラピーという物が話題になったが、これはこの性質を利用したものである。
「今度こそ害虫だ!」
「本当にバカね。本当はバカ以下なのかしら。だからヤスデなんて言われるのよ」
「言ったのはお前だ!」
「いい? ヤスデを害虫とみなしているのは一部の外国のみ。彼らから直接攻撃を受けることはほぼない、大人しい虫なのよ。むしろ、巨大なヤスデをペットとして飼育している人が居るくらいなんだから」
「どんなだよそれ……」
「メガボールとか言うらしいわ」
メガて。
「どちらにせよ虫じゃないか……。普通彼氏を虫扱いするかよ……」
作品名:食べ物による小話 #04「シーザーサラダ」 作家名:倉雲響介