食べ物による小話 #02「ラーメン」
「最近読んだ本からあげるの止めろ」
「なら……ミスターブシドー?」
「あれは理屈っぽいんじゃないだろ」
「そういえば、ミスターブシドーってワンピースのビビが、ゾロのことを呼ぶ時に使ってたわね。アラバスタ王国編で」
「ああ、そういえばそうだな」
「じゃあゾロって何? フラッグファイター?」
「オーケー。そろそろその辺にしとこう」
「だいぶマニアックだしね」
下手をすれば怒られるかも知れないしな。
僕達はいつの間にか名古屋駅の外を歩いていた。JR北口――桜通口を通過し、スパイラルしたモニュメントをわき目に北へ向かう。
ミッドランドスクエアの脇は、なかなか風の通りがいい。無意味に多いタクシーに轢かれそうになりながら、「さぷい」などつぶやいて、僕達は襟元を少し閉めた。
気を抜けば、すぐに冬が来る。
「ところでさ」
「ん?」
「なんでラーメンがどうとか言い出したんだ?」
「好きだからよ。それ以外に何があるの?」
「お前ってラーメン好きだっけ?」
「らーめんもそうだけど、食べ物は基本、大好きよ」
「それは知ってる。なんか他にないの? 食い物以外のことでさ」
「ないのって、何?」
「なんか食い物以外に好きなもん無いのかってことだよ」
「……わかんないわ」
「子供じゃねーんだから……」
「考えとく。後で教えてあげるわ」
「そりゃ……期待しとくよ」
「でもらーめんは好きなのよ」
「というか、ラーメン嫌いな奴って居んのか? 見たことないぞ」
「そこはあれよ。カレーと一緒。親しまれている証拠だわ」
「そりゃそうだろうな。インスタントラーメンがいっぱいあるし。すごく身近な料理だ」
「最初のインスタントラーメンが親しみやすかったってのが勝利のカギね」
「ん? チキンラーメン?」
日清様。心の底から愛しております。
「そうよ。さらに卵好きだった日本人とマッチして、らーめんと卵のダブルアタック。さらに日本人の好きな利便性が当たってジェットストリームアタックになったわけよ」
「カップヌードルが当たったのも大きいのかもな」
「カップヌードルというえばカレーと合体させた事はすごいわよね。私だったら考え付かないわ」
「にしてもなんだ……」
「ん?」
「お前、本当食い物好きだな」
「ふふん。恐れ入ったかしら」
「ある意味いったよ」
「で、結局らーめんは何料理なのよ」
どうしてそこでこうなる!
「まだ言うかおめーは!」
「だって! らーめんって呼びたいんだもん!」
この執念を何か、別のものに持っていけないのだろうかと思いつつ、一応理由も聞いてみる。
「……なんで?」
「中華料理店はラーメン。日本でのらーめん店はらーめんっていう感じで区分けしたいの。どっちが優れてるとかじゃなくて、単純に呼び分けしたいだけ」
「発祥した地域に敬意を払えば……別にいいんじゃねえの?」
「敬意は払ってるわ」
「そもそも、何料理でもかまわないと思わないか? ラーメンがどういう料理で、それを好きかどうかじゃないのか?」
「究極的にはそうよ」
「じゃあなんでもいいだろうが!」
思わず声を荒げてしまう。
「でも、その敬意を払いたいの」
「……というと?」
「日本のらーめん職人って、とっても頑張ってるわ。今は下火になったケド、少し前はあっちこっちでらーめん激戦区とか言って、いろんな職人が旗をあげては消えていった。だから、その気持ちに敬意を払って、中華料理店とは違う“らーめん”っていう名前をあげたいのよ」
分からんでもない。
そう思ってしまった僕の気持ちに気付いたのか、彼女はふふんと少し笑った。
「……お前にもらっても嬉しくねーよ」
「あ、そーだ」
「なんだよ」
「らーめんを食べに行きましょ」
「……言うと思ったよ」
時刻は午後七時をまわったところだ。十月の夜風が、おなかにあったかい物を入れろと鳴いている気もする。こういう、場にあった発言をするようになったとは。
「余計なお世話よ。らーめん屋さんを探しなさい」
ト書きを読むんじゃないよ。
さて、あまり当てもなくうろついていた為、まずは現在地の確認だ。……らーめん屋はこの近くでいいだろう。顔を上げると、目の前に大きなゲームセンターがあった。隣にあるらーめん屋は休み。となると、次にここから近いらーめん屋は……。
「ここまっすぐ行ったら、幻の手羽先屋さんの向かいにトンコツ系の店があるわよね」
全く同じ店を考えてやがる。気が合うというか。
「あったな。じゃあそこにしよう」
「そういうとこ、好きよ」
握る手もそのままに、こっちを見てにっこりと笑った。これからその桜色の口元は、トンコツスープのこってりとした脂に染まるのかと思うと、もったいない気がする。小さなフリルが付いた黄色のブラウスも、白濁としたスープに彩られるかも知れない。長めの髪も、もしかしたら麺をたぐる時にくっついてしまうかも知れない。
それでも、僕達はらーめんを食べる。そんなことなど気にもしないで。
らーめん好きなんて、そんなものなのだろう。僕も含めて。
作品名:食べ物による小話 #02「ラーメン」 作家名:倉雲響介