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篠原 チキンライス

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趣味ではないが、たまに料理をする。一人暮らしが長いので、栄養面を考えてのことだ。どうしても、外食は栄養が偏るし、寮の食堂は味が合わない。そうなると、好みのものは自分で作るしかない。
「りんさん、チキンライスが食べたいな。」
 週末の朝、職場に出勤してきた若旦那は、唐突に、そう言い出した。ここんところ、若旦那は両親の家から出勤していて、週末だけ家に戻るので、今日から家に帰るからだ。
「チキンライスか。時間かかるぞ? 」
「明日でもいいよ? 今日から段取りしとけばできるでしょ? 僕、やっておこうか? 」
「やめろ。ヤケドしたら、どうする。俺が雪乃に殺されるだろ? 」
「煮るだけだよ? 」
「だから、危ないって。今夜から、そっちに泊る。それでいいか? 」
「うん。大丈夫? デートはない? 」
「別に予定はない。今夜のリクエストはあるか? 」
「野菜炒めでもしようかなって思ってたんだ。あれなら、切るだけだからさ。」
「橘さんは? 」
「誘ってあるよ。雪乃が出張で留守だから、僕の見張りを頼まれてると思う。」
「じゃあ、人数的にも足りてるな。材料の調達して・・・おまえ、今晩の分は、なんか出来合いでも用意してくれるか? 」
「だから、野菜炒め。」
「やめろ。俺がいない時にやるな。・・・わかった。メシだけ炊け。後は用意する。メシ少なめで。明日、チキンライスの分は炊くからな。わかってるな? 」
「うん。」
 それを耳にしていた細野は、首を傾げた。チキンライスなんて、自炊をあまりしない自分でも作れそうな料理だ。それに時間もかからない。わざわざ、用意するのに前日からしなければならないのも謎だ。
「あの、しのさん、チキンライスなら僕が作りましょうか? それぐらいならできますよ? 」
 朝のコーヒーを出しながら、そう提案したら、上司二人は顔を上げて、驚いた顔をした。それから、片方の上司が、ニヤリと笑った。
「それなら、今夜、細野のチキンライスを食わせてくれ。明日は、俺のを食わせてやる。おまえ、今夜の予定はないだろ? 」
「え? そんなに早くできるの? 」
 細野の直属の上司は、びっくりしている。チキンライスなんて、米と材料さえあれば、なんてことはない料理だ。
「はあ、まあ一時間もあれば。」
「すごいなあ、細野。」
「いや、それほどでも。」
「ちょうどいい。俺、明日の材料を調達してくるから、おまえ、若旦那の料理の手伝いしつつ、チキンライス作ってくれるか? 」
「了解です。」
 細野の直属上司は、両手がちょっと不自由なので、一人で料理なんかはさせられない。何かあった時に対応が遅れるからだ。だから、実家で暮らしている。左手は、かなりリハビリもできているが、右手がかなり怪しい。野菜炒めの材料も切られたものを用意するとしても、見張りは必要だ。それは細野も十分に経験から理解している。仕事においては、怖ろしく優秀な上司だが、こと日常生活では、ボケるからだ。まだ重いものが持てないのに、右手で皿を掴もうとして取り落とすのは日常茶飯事レベルだし、微妙な匙加減を、その動かない手でやられて、とんでもなくしょっぱいものができたりするのも、日常レベルだ。だから、監視するものが必要だ、という、もう一方の上司の言葉は重々承知している。



 定時で全員が仕事を終えて、まず、僕としのさんが近くのスーパーへ買い物に行く。橘さんは、先にしのさんの家に戻って留守番、江河さんは、別の買出しだ。
「え? ケチャップ? 」
「はい、チキンライスは、うちでは、これでした。」
「へぇー、各家庭で違うんだね。りんさんのは醤油味なんだ。」
「それのほうが珍しいですよ、しのさん。」
 必要なものを買い出して、しのさんの家に戻ると、橘さんは自分で調達してきたと思われるビールを飲んで寛いでいた。この上司、きちんと自分の私服も、この家に持ち込んでいるので、すでにシャワーまで浴びた様子だ。もちろん、細野も同じように私服を持ち込んでいる。週末、この家で過ごすことが多いから、一々、着替えを取りに戻るのが面倒なためだ。広い客間があるので、課内の人間が集合しても問題はない。まだ、時間は早いが、準備は始める。
「おまえ、皿は持つなよ? 若旦那。」
「はいはい、わかってます。」
 橘さんは、それだけ念を押すと居間に戻る。この人は家事能力がないので、こういう作業は除外されているからだ。まず、ごはんを炊く。これは、しのさんでもできるからお任せだ。その間に、僕のほうは、フードプロセッサーでタマネギをみじん切りにする。後は、マッシュルームを刻んで、ミックスベジタブルを解凍すれば、準備は完了だ。ごはんは二十分もあれば炊ける。野菜炒めは炒めるだけだから、時間はかからない。とりあえず、お茶でも飲もうかな、と、細野のほうは手を止めた。だが、篠原のほうは、ごそごそとシンクの下から大きな鍋を取り出している。
「しっしのさん? 何を作るんですか? 」
「チキンライスだよ。」
「はあ? 」
「今夜のじゃなくて、明日のりんさんのチキンライスには、これが必要なんだ。」
「へ? 」
 一番大きな寸胴の鍋を取り出して、それをコンロに設置している。チキンライスじゃないんじゃないか、と、その時点で細野も気づいた。たぶん、チキンライスという呼び方だけど、違う料理だろう、それは。
「僕が言ってるチキンライスとは、かなり違うものです。」
「ああ、やっぱり、そうなんだ。僕は、りんさんのしか食べたことがないから。」
「そうなんですか。僕は子供の頃に、家でよく食べてたんですが。」
「んー子供の頃ねぇ。僕、子供の頃のこと覚えてないからさ。」
「そうでしたね。食べたら、なんか思い出すかもしれませんね。」
「そうだといいんだけど。」
 この上司、ちょっとした諸事情で過去の記憶がない。いや、ここ数年のことは、はっきりと覚えているのだが、それ以前のことが思い出せないのだ。だから、記憶にないらしい。
「篠原、アテになるものないのか? 」
 居間から橘が遠征して来た。ビールのアテが尽きたらしい。
「メザシとか漬物ぐらいなら、すぐに用意できますよ。あと、時間かかってもいいなら一夜干しのアジ? 」
「きゅうりか大根はないのか? 」
「それはあります。」
「じゃあ、とりあえず干物焼きながら、きゅうりと大根。」
「まだ、本格的に飲まないでください。りんさんも、惣菜の調達をしてきますから。」
「うっせぇー。腹が減ったんだ。溜まるもんを食わせろ。」
「しょうがないなあ。明日の朝ごはんに使おうと思ってたのに。とりあえず、これで。」
 ハムのパックをひとつ取り出して、直属の上司は橘に渡す。それを開いているうちに、干物をオーブンに投げ込んで、大根ときゅうりを取り出している。この食材は、橘のために用意されているものだ。
「輪切りでいいぞ? どうせ、塩つけて食うんだから。」
「はははは・・・・スティックは無理ですよ。すいませんねぇ。」
作品名:篠原 チキンライス 作家名:篠義