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開け つぼみ

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 ふんわりと、やわらかい声。いつも見るのとは上下逆ではあるが、間違いなく晴美先生だ。
「そうでしたか。」
 ユキは、とりあえずそう言うと、ちょっと苦笑いした。
「でも・・・そういうつもりじゃないんです。」
 とりあえず、こうもり体勢のままではなんなので、くるりと半回転し、ふつうの状態にもどる。
 実は、と言いかけた時、自分の後ろになにかがはい上がってくるような気がした。また、責められる、きっと信じてもらえないだろう ——。そんな気持が、心の中にあるのだ。
 冬にもどったような冷たい風がふきつけ、木の葉ががさがさと鳴った。不安な目で、ユキは先生を見る。
「友達のストラップが、とってないのにかばんに入っていたんだってね。大変だったわねぇ。」
 あっさりと、いきなり、加えて向こうから言われたので、ユキは再び手をはなしてしまうこうもり状態になってしまった。
「ど、どうして知ってるんですかっ。」
 口をぱくぱくするユキに、先生はちょっと笑ってみせた。
「6時間目の卒練で、あなた、ぶつぶつ言ってたわよ。声かけたんだけど、上のそらで、まるで止まらないラジオ放送みたいで。」
「やだ、そうだったんですか。」
 ゆっくりうなずく先生に、ユキは何もかくさず話してみることにした。
「実は、そうなんです。ぬすんだわけじゃないのに・・・。しかも、そのストラップ、ひもが切れてて、べんしょうしろなんて言われて、結局あたし、逃げてばかりで・・・。」
 話しているうちに、目頭が熱くなってきた。なみだで、うすらぼんやりとしか先生の顔が見えない。なんて情けないんだろう。格好悪いんだろう。また人を困らせている。そんな事は、自分が一番よく分っているはずなのに、またそれをくり返す自分。正直、こんな自分が消してしまいたいくらい、きらいだった。
「ユキさん。」
 先生が、ユキのとなりに、いつの間にか登ってきていた。
「やってないんだったら、堂々としていればいいんだよ。」
「そう・・・ですよね。」
 ユキは、ちょっとだけがっかりしていた。反省している事をそのまま言われたって、終わった事なのだからどうしようもない。まあ、先生だって、わざと言ったのではないのだから、誰が悪いとは割り切れないのだが。
「でもね、ユキさん。」
 先生は、じっとユキの目を見つめた。
「一人でしょいこまなくてもいいのよ。」
 先生の言っていることが、ユキにはよく分らなかった。元々、さっき逆さまになっていたせいで、頭がぼんやりしていたのである。
「つまり・・・どういうことですか」
「つまりね、そうねえ、荷物でいうと、重いからって、置きざりにしてちゃだめだけど、その、ちょっと人に外から支えてもらうのはいいんじゃないかな。」
「でも、みんな、私が悪いと思ってるし・・・。」
「そうなの。でもね、ユキさん。」
 先生は、目を細めて笑ってみせた。
「きっと、どこかに支えてくれる人がいるよ。だって、ここに私がいるでしょ。」
 先生が肩に手を置いた。心地よい温もりが流れこんでくる。
「逃げないで、じゃなくて、逃げなくても大丈夫なんだよ。」
「そうですね。わたし、先生の考えも、すてきだと思います。」
「ありがとう。とにかく、いったんみんなと向きあってみて。桜の花だって、冬をさけてちゃ春に咲かないんだから。」
「あの、ユキちゃん。」
 突然、ユキより1オクターブ位高い声がして、先生とユキは逆さまになってしまった。
 それがおかしかったのか、さっきまでむずかしい顔をしていた短い髪の女の子は、ユキ達を見上げてふき出した。でもすぐにむずかしい顔にもどる。
「昼休みのあのストラップ、ごめんね。あたし、あれ、あんまりキラキラしてるから、すごいなって思って、さわってみたの。そしたら、ひもと本体がはなれちゃって。しょうがないから、こわくて、ひもをごみ箱に入れて、本体はこっそりポケットにしまってて、でもちょうどユキちゃんのかばんがわたされたから、あのキラキラをにぎった手をかばんに入れて・・・。」
 その話を、ユキはじっと聞いていた。いつもならかっとなるはずなのに、不思議と怒るような気分じゃなかった。
 確かに、それは悪い事。でも、そんなのひどいってことぐらい、向こうも充分わかったはずだ。こういう時は・・・。
 ユキは、じっと女の子の目を見た。少しだけ口をとがらせ。
「・・・言ってくれて、ありがとう。」
 やわらかいオレンジの光が、その光景を温かく照らしていた。

「ねえ、桜をバックにして写真をとろうか。」
「桜より、校舎のほうがいいと思うよ。」
 たくさんの6年生で埋めつくされた校庭は、桜の色もくわわり、色の大洪水となっている。
 卒業式が終わり、満開の桜の下で、ユキも顔をほころばせていた。
———この6年、ううん、この1年だけでも、すっごくたくさんの事があった。でも、すごく楽しかった。
「ユキ、写真とろっ。」
 大きくないのに、よく通る声。この声は、ちえだ。手には卒業証書とカメラを持っている。さらにその後ろには、晴美先生とあのショートカット女の子が立っていた。
「桜、すごくきれい。背景に入れたいなぁ。」
 提案する女の子にむかって、ユキはうんっとうなずいた。
「そうだね。冬の分まで、とってもきれいに咲いている。」
「どういうポーズにする? こんなのどうかな。」
 ちえが、青空にむかって卒業証書をつき出した。ユキ達もそのとなりに手を出す。先生は・・・仕方なく持っていたボールペンをつき出した。
 カメラをセットし、空、桜、そして4人が入るようにする。
「晴美先生、1年間ありがとうございました。写真、学校に送りますね。」
「うん、ありがとう!中学校、楽しんできてね。」
 がんばって、ではなく楽しんできて、というのが、また先生らしい。
「とるよぉー。みんな、笑ってぇ。」
 ショートカットの女の子のかけ声で、全員がほほえんだ。ぬけるような青空に、ピンクの花が舞いおどっていく。
 全員が息を吸い、未来への入り口へとさけんだ。
「ハイ、チーズ!」
作品名:開け つぼみ 作家名:青木 紫音