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開け つぼみ

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ろう下の窓から、昼の太陽が教室の戸を照らす。その教室、6年1組の中には、昼休みを楽しむ生徒のはずんだ声がひびいていた。
「わあ、かわいい。これ、ユキのでしょ?」
 一人の女の子が、大きな声をあげる。ユキは、にっこりして、二つにむすんだかみをゆらしながらうなずいた。
「そのストラップ、この前買ったの。ちえのも、かわいいよね。」
 そういって、ユキはちえと呼ばれた女の子の筆箱を指さした。そこには、一体何の形なのか分からないほどキラキラとしたストラップが結びつけてある。筆箱じゃなくて衣服やランドセルにつけておけば、夕方の交通事故防止になるのにと思うぐらいだ。
 ユキは、ふと時計に目をやった。午後1時35分。まだ10分は休み時間だ。そう思った時。
 教室の戸があいて、同級生の女の子が顔をのぞかせた。ユキは女の子のほうへ行く。
「あ、ユキちゃん。ちえ、呼んでくれる。」
 どうやら、ちえに用があるらしい。大声でちえを呼ぶと、ちえはその女の子を見て何か思いだしたのか、小走りに教室の外に出ていった。
「・・・一人でいても、つまんないなあ。」
 ユキは、よっこらしょっとやや子どもらしくない声をあげると、ろう下へと歩いていったのだった。
 いつの間にか、教室にはだれもいなくなり、ただ時計の針の音だけがこだましていたのだった ——。
 さて、ユキはやはり一人で、ろう下をぶらぶらしている。別に行くあてもなく、ただ歩いているのだから、当然すごくひまだ。
 教室にいた方がまだ良かったかな、と考えつつも、足は勝手に階段を下りていく。
 もどろうか、どうしようか − 。なぜかたったそれだけを考えるのに、すごく熱中してしまったらしい。
 なにか人らしき物にぶつかって、ユキは突然ひっくり返った。
「ご、ごめんなさい!」
 あわてて立ち上がると、目の前にいたのは、よく見なれた先生だった。
 白い顔、やさしそうな目。長い髪のせいでよく見えないが、美人な先生だ。
「ごめんなさい、晴美先生。」
 ユキはもう一度、自分の担任の先生、晴美先生にあやまり、ジーンズのほこりを払った。
 先生といえば、ぶつかられた事などまるで気にせずに、にこにこと笑っている。
「いいの、いいの。なんか、考えていたんでしょ。」
「はい!」
 ユキは、心の中がふわりと温かくなるのを感じた。この先生は、こういうおっとりとしたところがいいのだ。男子はもの足りないらしいが。でも、その位がいいと思う。先生らしくない所ところが、すてきなのだ。
「ユキさん、もうすぐ桜が咲きそうねぇ。」
 ・・・ユキは、少しだけ前言をてっ回しようかと考えた。さすがにこれは行きすぎというか、話が飛びすぎである。
 キーンコーンカーンコーン。
 いきなり・・・いやチャイムなのだからあたり前なのだが、チャイムが大きく鳴った。
「そうだユキさん、先生、ちょっと職員室に用があるから、おそくなるってみんなに言っといて。」
 先生に用事をたのまれ、ユキはうすく日焼けしたほおを赤くそめた。
「はい、おまかせ下さい!」
 そして、大またでユキは階だんをかけ上がっていった。
 ・・・その後、教室で大事件が起きているとも知らずに ——。

「おくれました。」
 そう言って、ユキは後ろの戸から教室へ入った。
 もう、授業が始まって5分はたつ。てっきり、みんな何かしているのかと思っていたのだが、そうではなかった。全員が席を立って、近くの人と話し合っている。黒板の前には、みんなを静かにさせようと必死になっている学級委員と、いまにも泣き出しそうな顔のちえが立っていた。みんなはどうやら何が起きたのか分っているらしいが、おくれてきたユキには分らない。とりあえず、何かあったらしいちえに話を聞こうと、黒板の前までいった。
「ちえ、何があったの。」
 ユキがたずねると、ちえは一言ずつ区切りながら答えた。
「わたしの、ストラップが、なくなったの。あんなに、しっかり、つけておいたのに。大事に、していたのに。」
 これには、ユキも首をかしげた。どう考えたって、あんなギンギラギンのストラップが、すぐになくなるとは思えない。それに、いくら丸い形だったからといっても、ひもで結んであったのだから転がっていくわけもない。
 しばらくして少し教室が静かになった時、学級委員の男の子が口を開いた。
「みなさん、だれかがぬすんだのを見ませんでしたか。」
 おだやかじゃないなあ、とユキは口をとがらせた。たしかにあんなのが風にふかれて飛んでいったとは思わないが、だからといってだれかがぬすんだのを前提で考えるのはあんまりだ。みんなも、見ていないとしか言わない。学級委員も、やれやれと首をふった。
「それでは、ずっと教室にいた人は手をあげて。」
 全員が手をあげなかった。しかし、だれ一人としてうそはついていない。学級委員の顔がだんだんけわしくなる。
「じゃあ、最後に教室を出たやつはだれだっ。」
 すっとユキのうでが上がった。みんなの視線が一気にユキへそそがれる。
「あの。」
 人ごみの中で、高い声があがった。女の子だ。
「あたし、ユキちゃんがストラップをさわっていたの、見ました。」
「本当か。」
 そう聞かれて、ショートカットの小さな女の子がこっくりとうなずいた。ユキがあわてて声をあげる。
「あたし、やってない。そもそも、さわってない。」
 男の子が、ぎろりと目を光らせた。
「じゃあ、自分がやってないって証明できるんだな。」
「できる。」
 きぜんとした態度のユキを、男の子はもう一度にらんだ。
「持ち物を調べさせてもらう。」
「いいよ、ほら。ぜーったい、入ってなんかないから。」
 というわけで、さっきの女の子に手さげをわたし、ユキはとりあえず席につく。女の子は、しばらくその中を探っていたが、急に、あっと声をあげた。何事かとのぞいてみると、どういうことか、あのストラップが入っている。
「そんな、ばかな・・・。」
 あぜんとしてユキに、ちえが口を開いた。
「ユキ、やってないんだったら、こんな物ないよ。」
 けい光灯の白く冷たい光をあびて、ストラップが銀色に輝いていた。

 夕焼けのオレンジ色に包まれながら、ユキは一人、桜の木にぶら下がっていた。それも、鉄棒の技「こうもり」みたいな感じで、ひざをかけて手で枝をにぎっている。つまり逆さまというわけだ。
 あれから6時間目が終わるまで、ユキはだれにも相手にされなかった。先生はというと、何も気づいていなかった。まったくもって、どんかんな先生だ。
 しかし、ユキはひどく怒っているわけではない。むしろ、ちぢこまっていた自分が心底だめな人間に思えてきた。
 目の前に、桜のつぼみがゆれていた。赤むらさきの小さなつぼみを見ていると、それを前にして、やっぱり自分が情けなくなってくる。—— このつぼみだって、冬の間、寒い外でずっとたえていたのに、それなのに、自分ときたら、すぐに泣くし、逃げてばかりで・・・。
 ぼんやりと、頭に血がのぼりそうな体勢でオレンジにそまった校舎を見ていた時。
「ユキさん、鉄棒が空いてるんだから、鉄棒で技をやったらどう。」
 突然の、しかもてんで的はずれな声かけに、ユキはびっくりして思わず足をのばしそうになった。
作品名:開け つぼみ 作家名:青木 紫音