機体むすめ
「本日も視界良好。」
空港職員の羽成国際は澄み切った空を見渡し言った。
彼の視力は両目とも1.5だ。
勤務するビルの屋上から見える景色は、近くにお台場があり遠くに那須の山々、やや離れて都心のビル群、そこから秩父連峰がそびえ立ち丹沢山系から富士山が白い頭を出す、そこから三浦半島、海、房総半島だ。
こうして視線を回していく。
「ここまではっきりと見えるのってやっぱり寒くなったからかな。」
息は白い。
空港の視界の良し悪しは彼の目視によって判断されている。
「ふむ、よし。」
視界の確認を終えた彼は両手を足の横につけ姿勢をただす。
毎朝の日常の行為をするためだ。
二礼二拍手。
そのまま手を合わせる。
「今日もどうか無事故でありますように。」
必ず叶えてもらいたい願いを口にする。
また姿勢をただして前を見据える。
一礼。
神社としての社は当然ここの場所には無いし大鳥居まではかなり距離がある。
そもそも賽銭すら献上していない。
だが、大事なのは心だ。
日本人として神道の作法に則って安全を祈願したい。
そんな気持ちからだった。
祈願を終えて頭をあげた彼は空港で働く事を誇りにしている。
大きな鉄の塊とも言える飛行機が次々と離発着していく様子はなんと言っても圧巻であったし、何よりも人の往来が激しい。
旅に行く人。
期待感の人。
仕事に向かう人。
緊張感の人。
帰宅の途につく人。
達成感の人。
空港で働く人。
使命感の人。
人の動きは心を躍らせる。
人が動けば国は活性化する。
だかこそ、こうした巨大施設に携われる事はこの国の体温をじかに感じ取れるようがして彼の胸を熱くさせた。
「やっぱ大きいものっていいよなぁ。」
吐く息は変わらず白い。
寒さは嫌では無い、身が引き締まり頭を冴えさせてくれる。
視線の先の広大なコンクリートのフィールドの上には飛行機が巨体を揺らしながら所狭しに動き回っている。
着陸を完了し滑走路から乗降場へ向かう機体。
乗客を降ろし中の清掃を終え整備場へ向かう機体。
旅客を乗せ誘導灯の上を這うように滑走路へ向かう機体。
空港としてあるべき姿がそこにある。
「でも、この眼鏡で見てみると。」
羽成国際はスーツのポケットから黒縁の眼鏡を取り出し耳にかける。
度は無い、薄い茶色の着色はブルーライト軽減の効果があるようにも見える。
しかし、彼の目の前にパソコンは無い。
あるのはいつもどおりの空港の風景。
そもそも彼は目が良い。
眼鏡が必要となるのは視力低下のリスクと向き合う時だけで良い。
そんな彼がこの場所で眼鏡をかける理由。
「おおっ、相変わらずみんな可愛いなぁ、そしてでけぇな。」
眼鏡を介して見える光景に羽成国際は頬を緩ませている。
「パソコン作業から視界確認に行った時はびっくりしたよなぁ、この光景に。」
彼が初めてこの光景を見たのは毎日のルーティンが崩れた日だった。
彼のルーティンは出社して視界確認をしてから事務作業へと移る。
だが、彼はその日、出社直後に視界確認よりも先にパソコンでの作業を行っていた。
夜中から空港を動かしている部署のサーバーに置かれている業務引継書の確認なのだが、普段であれば視界確認の後にやる事である。
しかし、その時は重要案件がいくつかあったため仕事の順番を前後させた。
その日だけは事務作業をしてから視界確認といった流れとなった。
そんな事情が彼を異次元の空間に引き込んだ。
ものの10分で作業を完了させた彼は急ぎ足でビルの屋上に向かう。
視界情報の発信を遅らせてはならないと彼はブルーライト対策の眼鏡をかけたままビルの屋上へと出た。
そんな彼の網膜に飛び込んできたのは無機質な鉄の塊が柔肌の女の子に変わっていた光景だった。
「なっ!!!」
彼は声を失った。
視線の先の広大なコンクリートのフィールドの上には巨大な女の子達が所狭しに歩き回っている。
着陸を完了し滑走路から乗降場へ向かう機体は、足につけているブースターを上手く調整しながら乗降場へ向かう女の子となり。
乗客を降ろし中の清掃を終え整備場へ向かう機体は、外したブースターを抱えながら整備場へ向かう女の子となり。
旅客を乗せ誘導灯の上を這うように滑走路へ向かう機体は、装着されたばかりのブースターから炎を噴き出させながら滑走路へ向かう女の子となっていた。
あまりにも非常識すぎる光景、空港としてあらざるべき姿がそこにあった。
「なんだよ…これは。」
そこにあるべき飛行機が全て巨大な女の子に変わっている信じられない事態に頭が呆然となりそうになるが、異常の範囲がどこまで広がっているのか確認もしたくなった。
空港以外はどうなっているか?
もしかすると、この世界全てがおかしくなってしまったのか?
焦りと不安な気持ちを押し殺しつつ、彼は視界を空港の外へと向ける。
勤務するビルの屋上から見える景色は、近くにお台場があり遠くに那須の山々、やや離れて都心のビル群、そこから秩父連峰がそびえ立ち丹沢山系から富士山が白い頭を出す、そこから三浦半島、海、房総半島だ。
「なんだよ…いつもと一緒じゃねぇか…。」
涼しくなりはじめたこともあり遠くまで見渡せるほど空気は澄んでいる。
こうした季節の変化はあるものの見える景色は昨日と同じ、そこは全くのいつもの世界だった。
モノレールだって通常通りに上下線が動いている。
空港以外に特に何も異変は無い。
だが、安心していいのかわからない。
もしかして、自分だけ認識がおかしくなっているのでは?
何が常識で何が非常識であるかを説明する自信がなくなる。
眼鏡がずり落ちた。
呆気にとられて眼鏡がずり落ちるのは漫画だけの世界だと思っていたが、驚きによる顔の筋肉の動きによって現実にそうなる事を初めて知った。
けれども、レンズ越しではない裸眼で見た景色は彼を安心させた。
「なんだよ、いつもと一緒じゃねぇか。」
全く同じ言葉を数秒前にも言ったが今回はすっきりと言えた。
胸のつかえは無い。
視線を空へと上げた彼の瞳は飛んでいる飛行機を捉えている。
巨大な女の子では無い、普通の空飛ぶ鉄の塊だ。
空港内に目を向けて見てもそこもやはりいつもの光景だった。
広大なコンクリートのフィールドの上には飛行機が巨体を揺らしながら所狭しに動き回っている。
「はぁ~ん、わかってきたぞ、この眼鏡がポイントだったんだな。」
羽成国際の表情は数学の難問を解いたかのような得意気なものになっている。
眼鏡をかけ直す。
すると、目の前の光景はまた巨大娘のパラダイスとなっていた。
「やっぱりだ、この眼鏡で見ると飛行機が巨大な女の子に見えちまうってわけか。」
疑問は解決した。
信じ難く非常識な事柄だが実際に起こってしまえば信じるしかなくなる。
地動説だってキリスト教の支配が強かった時代は信じ難く非常識な事柄だったのだ。
「でも、どうしてだ、事務室の窓から見てもこんな光景なんて見た事無い。」
新たな疑問が生じてしまった。
彼はこれまでパソコンの作業中、目を休める為に眼鏡をかけたまま事務室から飛行機を眺める事を日常的に行ってきたがこんな事は一度も無かった。
「いや、待てよ。」
彼は何かに閃いた。
空港職員の羽成国際は澄み切った空を見渡し言った。
彼の視力は両目とも1.5だ。
勤務するビルの屋上から見える景色は、近くにお台場があり遠くに那須の山々、やや離れて都心のビル群、そこから秩父連峰がそびえ立ち丹沢山系から富士山が白い頭を出す、そこから三浦半島、海、房総半島だ。
こうして視線を回していく。
「ここまではっきりと見えるのってやっぱり寒くなったからかな。」
息は白い。
空港の視界の良し悪しは彼の目視によって判断されている。
「ふむ、よし。」
視界の確認を終えた彼は両手を足の横につけ姿勢をただす。
毎朝の日常の行為をするためだ。
二礼二拍手。
そのまま手を合わせる。
「今日もどうか無事故でありますように。」
必ず叶えてもらいたい願いを口にする。
また姿勢をただして前を見据える。
一礼。
神社としての社は当然ここの場所には無いし大鳥居まではかなり距離がある。
そもそも賽銭すら献上していない。
だが、大事なのは心だ。
日本人として神道の作法に則って安全を祈願したい。
そんな気持ちからだった。
祈願を終えて頭をあげた彼は空港で働く事を誇りにしている。
大きな鉄の塊とも言える飛行機が次々と離発着していく様子はなんと言っても圧巻であったし、何よりも人の往来が激しい。
旅に行く人。
期待感の人。
仕事に向かう人。
緊張感の人。
帰宅の途につく人。
達成感の人。
空港で働く人。
使命感の人。
人の動きは心を躍らせる。
人が動けば国は活性化する。
だかこそ、こうした巨大施設に携われる事はこの国の体温をじかに感じ取れるようがして彼の胸を熱くさせた。
「やっぱ大きいものっていいよなぁ。」
吐く息は変わらず白い。
寒さは嫌では無い、身が引き締まり頭を冴えさせてくれる。
視線の先の広大なコンクリートのフィールドの上には飛行機が巨体を揺らしながら所狭しに動き回っている。
着陸を完了し滑走路から乗降場へ向かう機体。
乗客を降ろし中の清掃を終え整備場へ向かう機体。
旅客を乗せ誘導灯の上を這うように滑走路へ向かう機体。
空港としてあるべき姿がそこにある。
「でも、この眼鏡で見てみると。」
羽成国際はスーツのポケットから黒縁の眼鏡を取り出し耳にかける。
度は無い、薄い茶色の着色はブルーライト軽減の効果があるようにも見える。
しかし、彼の目の前にパソコンは無い。
あるのはいつもどおりの空港の風景。
そもそも彼は目が良い。
眼鏡が必要となるのは視力低下のリスクと向き合う時だけで良い。
そんな彼がこの場所で眼鏡をかける理由。
「おおっ、相変わらずみんな可愛いなぁ、そしてでけぇな。」
眼鏡を介して見える光景に羽成国際は頬を緩ませている。
「パソコン作業から視界確認に行った時はびっくりしたよなぁ、この光景に。」
彼が初めてこの光景を見たのは毎日のルーティンが崩れた日だった。
彼のルーティンは出社して視界確認をしてから事務作業へと移る。
だが、彼はその日、出社直後に視界確認よりも先にパソコンでの作業を行っていた。
夜中から空港を動かしている部署のサーバーに置かれている業務引継書の確認なのだが、普段であれば視界確認の後にやる事である。
しかし、その時は重要案件がいくつかあったため仕事の順番を前後させた。
その日だけは事務作業をしてから視界確認といった流れとなった。
そんな事情が彼を異次元の空間に引き込んだ。
ものの10分で作業を完了させた彼は急ぎ足でビルの屋上に向かう。
視界情報の発信を遅らせてはならないと彼はブルーライト対策の眼鏡をかけたままビルの屋上へと出た。
そんな彼の網膜に飛び込んできたのは無機質な鉄の塊が柔肌の女の子に変わっていた光景だった。
「なっ!!!」
彼は声を失った。
視線の先の広大なコンクリートのフィールドの上には巨大な女の子達が所狭しに歩き回っている。
着陸を完了し滑走路から乗降場へ向かう機体は、足につけているブースターを上手く調整しながら乗降場へ向かう女の子となり。
乗客を降ろし中の清掃を終え整備場へ向かう機体は、外したブースターを抱えながら整備場へ向かう女の子となり。
旅客を乗せ誘導灯の上を這うように滑走路へ向かう機体は、装着されたばかりのブースターから炎を噴き出させながら滑走路へ向かう女の子となっていた。
あまりにも非常識すぎる光景、空港としてあらざるべき姿がそこにあった。
「なんだよ…これは。」
そこにあるべき飛行機が全て巨大な女の子に変わっている信じられない事態に頭が呆然となりそうになるが、異常の範囲がどこまで広がっているのか確認もしたくなった。
空港以外はどうなっているか?
もしかすると、この世界全てがおかしくなってしまったのか?
焦りと不安な気持ちを押し殺しつつ、彼は視界を空港の外へと向ける。
勤務するビルの屋上から見える景色は、近くにお台場があり遠くに那須の山々、やや離れて都心のビル群、そこから秩父連峰がそびえ立ち丹沢山系から富士山が白い頭を出す、そこから三浦半島、海、房総半島だ。
「なんだよ…いつもと一緒じゃねぇか…。」
涼しくなりはじめたこともあり遠くまで見渡せるほど空気は澄んでいる。
こうした季節の変化はあるものの見える景色は昨日と同じ、そこは全くのいつもの世界だった。
モノレールだって通常通りに上下線が動いている。
空港以外に特に何も異変は無い。
だが、安心していいのかわからない。
もしかして、自分だけ認識がおかしくなっているのでは?
何が常識で何が非常識であるかを説明する自信がなくなる。
眼鏡がずり落ちた。
呆気にとられて眼鏡がずり落ちるのは漫画だけの世界だと思っていたが、驚きによる顔の筋肉の動きによって現実にそうなる事を初めて知った。
けれども、レンズ越しではない裸眼で見た景色は彼を安心させた。
「なんだよ、いつもと一緒じゃねぇか。」
全く同じ言葉を数秒前にも言ったが今回はすっきりと言えた。
胸のつかえは無い。
視線を空へと上げた彼の瞳は飛んでいる飛行機を捉えている。
巨大な女の子では無い、普通の空飛ぶ鉄の塊だ。
空港内に目を向けて見てもそこもやはりいつもの光景だった。
広大なコンクリートのフィールドの上には飛行機が巨体を揺らしながら所狭しに動き回っている。
「はぁ~ん、わかってきたぞ、この眼鏡がポイントだったんだな。」
羽成国際の表情は数学の難問を解いたかのような得意気なものになっている。
眼鏡をかけ直す。
すると、目の前の光景はまた巨大娘のパラダイスとなっていた。
「やっぱりだ、この眼鏡で見ると飛行機が巨大な女の子に見えちまうってわけか。」
疑問は解決した。
信じ難く非常識な事柄だが実際に起こってしまえば信じるしかなくなる。
地動説だってキリスト教の支配が強かった時代は信じ難く非常識な事柄だったのだ。
「でも、どうしてだ、事務室の窓から見てもこんな光景なんて見た事無い。」
新たな疑問が生じてしまった。
彼はこれまでパソコンの作業中、目を休める為に眼鏡をかけたまま事務室から飛行機を眺める事を日常的に行ってきたがこんな事は一度も無かった。
「いや、待てよ。」
彼は何かに閃いた。