陸《おか》の帆船《ふね》においでよ
女性はにっこり笑うと、何か思いついたような顔になり、話題を変えた。
「ところで、あなた高校生? もし興味があったら〈展帆ボランティア〉にならない?」
そういって、展帆ボランティア募集と書いたチラシをアカネに渡してくれた。
「展帆ボランティア……。どんなことをするんですか?」
「白い作業服の人たちがいたでしょう? あの人たちのことよ」
アカネはその言葉に驚いた。
「白い作業服って、マストに登っていた人たちですよね。あの人たちは船員さんじゃないんですか?」
「ええ、普段は船と関係のない会社や学校に通っている、普通の人達よ。彼らは展帆日に、日本丸の帆を広げるために集まってきてくれるの」
「私と同じくらいの女の子がいたんですが、彼女もそうなんですか?」
「ええ、そうよ。普通の高校の1年生。保護者の許可は必要だけど、展帆ボランティアは15歳からなれるの。でも、今は高校生が少なくて、彼女1人だけなのよ。もし、あなたがなってくれたら嬉しいわ」
まさか、あの人達、そしてあの少女がボランティアなんて……。先ほど見た総帆展帆の作業は、とても普通の人ができるような作業には見えなかった。あんな高いところで行う作業を普通の人がおこなえるようになるものなのか?
「でも、私、運動も得意じゃないし……、あんな高いところ怖くて登れないと思います」
そう、なかには出来る人もいるのかもしれない。でも、全ての人ができるとは思えない。いくら、彼女にできたとしても、アカネにできるとは限らないのだ。
しかし、制服の女性はそんなアカネの考えを見透かすように、優しい顔で答える。
「大丈夫よ。最初はもちろん怖いけど、ちゃんと訓練すれば誰でも克服できるわ。展帆ボランティアには女性も多くいるし、70代の人達だっている。それに、マストより高い場所なんて、世の中にいくらでもあるけれど、恐怖を克服して自分の力で登ったマストの上から見る景色は、別世界みたいに綺麗なのよ」
女性は一旦マストの上を見上げたあと、アカネに視線を戻してこう言った。
「見てみたくない? 見たことのない景色!」
私が見たことのない景色……。
アカネの中に、目の前の日本丸のマストへ登っていった少女の姿が浮かんでくる。
いつものアカネであれば、即座に断っていたはずだ。しかし、今自分が抱えている閉塞感のせいもあってか、制服の女性が言った言葉は、アカネの心の中で響いた――。
作品名:陸《おか》の帆船《ふね》においでよ 作家名:SORA