陸《おか》の帆船《ふね》においでよ
とある高校の昼休み。教室の机で1人昼食をとりながら、|岡田茜《おかだアカネ》は対人関係について思い悩んでいた。
アカネは、横浜市内にある私立高校の1年生だ。とはいっても、ここで生まれ育ったわけではなく、横浜に来てからまだ2週間しか経っていない。
今までは、ずっと札幌に住んでいたのだが、新学期が始まった4月に、父の転勤が急に決まり、5月のゴールデンウィーク明けという、なんとも中途半端な時期に、家族で横浜に引っ越してきたばかりだ。
父の転勤については、アカネも高校に入学したばかりであり、妹も中学2年で来年には受験のため、父が単身赴任をするとの話も出たのだが、転勤後に札幌に戻れる予定がないことや、大学受験を考えれば、今のうちから横浜に引っ越しておいたほうがいいだろうという話も出て、せっかく入学した札幌の高校ではあったものの、わずか1ヶ月ちょっとで横浜の高校に転入手続きをとることになったのだ。
そして、ゴールデンウィーク明けという、クラスの人間関係がほぼ出来上がる時期に転校してしまったことと、もともと恥ずかしがり屋で引っ込み思案な性格も災いし、アカネは2週間近く経っても、未だクラスに馴染めずにいた。
札幌の高校では小学校からの友人も数人いたので、なんとかなっていたものの、とりたて人に話せるような趣味や特技もなく、運動も苦手。勉強も学年で中の上くらいのアカネには、初めて話す同級生との話題も思いつかず、話しかけられても気恥ずかしくて、ゴニョゴニョとよくわからない受け答えをしてしまう。
部活に入ろうかとも考えたが、この時期に1人新入部員として入部するのは、人見知りのアカネには敷居が高く、これといって興味のある部活があるわけでもないので、現在も帰宅部のままだ。
さすがにイジメられたり、のけものにされたりはしていないが、クラスでは、いてもいなくても一緒の、なんとなく浮いた存在となってしまっている。
――そんな現在の状況をどうするべきかと、アカネが窓の外を眺めながら考えていると、クラスの女子が話しかけてくる。
「岡田さん。今日の放課後みんなでカラオケボックスに行くんだけど、岡田さんも一緒に行かない?」
「あ、ありがとう。でも、私……、そのー、歌とかあんまり得意じゃくなて……。あの、ご、ごめんね」
「そっか、じゃあまた今度ね」
クラスメイトはそういって、自分のグループに戻っていった。そして、アカネに聞こえないよう、小さな声で話しはじめたが、その声が漏れ聞こえてくる。
「無理に誘わなくてもいいのに~」
「え~でも、まだ転校してきたばかりだし、一応ね」
「ユミコ優しい~。でも、岡田さんって、なんか暗いよね~」
「うん、いつも1人だし、話しかけてもハッキリしないし――」
そんな言葉を聞いて、アカネは、よりいっそう落ち込んだ。
せっかく声を掛けてくれたのだから、誘いに応じて一緒に遊びに行くべきなのはわかっている。
しかし、それができるのなら、最初からこのような状況には陥らないだろう。
過去に、そうやって無理に遊びに言ったことも何回かあるが、その場のノリや場の空気に合わせるのが苦手なアカネが行っても、場をシラケさせてしまったり、変に気をつかわせてしまうだけだ。
酷い時には、置物のようにいないものとして扱われたことさえある。まあなにも話さないアカネが悪いのだが。
そもそも、自分が興味を持てない遊びや話を友達のに合わせることができるのは、アカネから見れば、かなりの高等スキルで、無理に合わせようとすることが、状況を余計に悪くすることを、小学校と中学校でイヤというほど味わった。
――高校の帰り道、1人横浜の街をトボトボと歩く。
春の遅い札幌と違い、横浜の5月はすでに30度を超える暑い日もあり、札幌育ちのアカネには、辛い日々が続いていた。
結局、1人で本を読んだり音楽を聴いたりしているのが、自分には一番合っているのだと思いながらも、同級生達と交わらず、1人で過ごす高校生活はとても寂しいことだと思う自分もいる。
そして、そんな現状を変えることのできない、不甲斐ない自分に嫌気がさし、アカネは変化を求めていた。
「なにか興味が持てることが見つかって、同じことが好きな友達と出会えればな……」
もうすぐ6月になり、横浜では北海道にはないジメジメとした梅雨が始まる空気が漂っている。そんな天気がアカネの気持ちをより暗くさせた。
※
アカネが横浜に引っ越してきてから2回目の日曜日。やっと部屋の片付けや転入後の雑務が終わり、ひさしぶりの休日だ。
天気もよく初夏のような日差しが降り注いでいるが、気温はそれほど高くなく、北海道育ちのアカネにとっても過ごしやすい、外出にはもってこいの陽気となった。
相変わらず友達はできず、クラスで浮いた状態が続いているが、悩んでばかりいるのもよくはないし、これから長く住むことになる横浜の街にも慣れなれていかなければならない。
アカネは気分転換も兼ねて、まだ行ったことのない〈みなとみらい地区〉へ買い物に出かけてみることにした。
みなとみらい地区は、横浜港に面した再開発地域で、オフィスや大型ショッピングモール、ホテル、遊園地などの他、港町横浜の歴史を感じさせる古い建物が改装されて博物館やレストランになっていたりと、観光地としても有名な場所だ。
札幌にいたころから行ってみたいと思っていた場所の1つだが、引っ越したばかりで忙しかったために、まだ一度も行ったことがなかった。
そんな賑やかな場所へ1人で行くことに寂しさも感じたが、母は家の片づけがまだ忙しく、妹も中学の部活で家にいない。
ふと、一緒に遊びにいける気の合う友達でもいればと思ったが、そんな友達が誰もいない現実が、アカネをまた落ち込ませた。
「しっかりしなきゃ!」
――気持ちを切り替え朝の9時半、アカネは1人、〈JR桜木町駅〉の改札を出た。
ちなみにこの駅は、1872年に日本で最初の鉄道、新橋~横浜間が開通した時の横浜駅として開業し、1915年に東海道本線の延伸により、現在の横浜駅にその名を譲るものの、その後も車社会が到来するまで、横浜港との連絡や貨物輸送に活躍した、由緒ある駅らしい。
東京駅などのように昔の面影を残す駅ではないが、そんな歴史に想いをはせながら、建物や周りの地形を見て過去を想像するのがアカネは結構好きだ。
横浜の街には、歴史的建造物も多く残っているそうなので、きっと好きになれると思っている。
もっとも、このような感覚が今どきの女子高生としてちょっとズレていて、それが友達がいない原因の1つになっていることも自覚はしているのだが……。
――駅前は、日曜ということもあり、混んでいるかと思ったが、時間が早かったこともり、まだ街に人は多くない。
「どうしようかな……」
どこに行くかを決めずに来てしまったので、ちょっと立ち止まって悩んだが、とりあえずは、横浜で一番高い建物である、〈ランドマークタワー〉に行ってみることにした。
アカネは、横浜市内にある私立高校の1年生だ。とはいっても、ここで生まれ育ったわけではなく、横浜に来てからまだ2週間しか経っていない。
今までは、ずっと札幌に住んでいたのだが、新学期が始まった4月に、父の転勤が急に決まり、5月のゴールデンウィーク明けという、なんとも中途半端な時期に、家族で横浜に引っ越してきたばかりだ。
父の転勤については、アカネも高校に入学したばかりであり、妹も中学2年で来年には受験のため、父が単身赴任をするとの話も出たのだが、転勤後に札幌に戻れる予定がないことや、大学受験を考えれば、今のうちから横浜に引っ越しておいたほうがいいだろうという話も出て、せっかく入学した札幌の高校ではあったものの、わずか1ヶ月ちょっとで横浜の高校に転入手続きをとることになったのだ。
そして、ゴールデンウィーク明けという、クラスの人間関係がほぼ出来上がる時期に転校してしまったことと、もともと恥ずかしがり屋で引っ込み思案な性格も災いし、アカネは2週間近く経っても、未だクラスに馴染めずにいた。
札幌の高校では小学校からの友人も数人いたので、なんとかなっていたものの、とりたて人に話せるような趣味や特技もなく、運動も苦手。勉強も学年で中の上くらいのアカネには、初めて話す同級生との話題も思いつかず、話しかけられても気恥ずかしくて、ゴニョゴニョとよくわからない受け答えをしてしまう。
部活に入ろうかとも考えたが、この時期に1人新入部員として入部するのは、人見知りのアカネには敷居が高く、これといって興味のある部活があるわけでもないので、現在も帰宅部のままだ。
さすがにイジメられたり、のけものにされたりはしていないが、クラスでは、いてもいなくても一緒の、なんとなく浮いた存在となってしまっている。
――そんな現在の状況をどうするべきかと、アカネが窓の外を眺めながら考えていると、クラスの女子が話しかけてくる。
「岡田さん。今日の放課後みんなでカラオケボックスに行くんだけど、岡田さんも一緒に行かない?」
「あ、ありがとう。でも、私……、そのー、歌とかあんまり得意じゃくなて……。あの、ご、ごめんね」
「そっか、じゃあまた今度ね」
クラスメイトはそういって、自分のグループに戻っていった。そして、アカネに聞こえないよう、小さな声で話しはじめたが、その声が漏れ聞こえてくる。
「無理に誘わなくてもいいのに~」
「え~でも、まだ転校してきたばかりだし、一応ね」
「ユミコ優しい~。でも、岡田さんって、なんか暗いよね~」
「うん、いつも1人だし、話しかけてもハッキリしないし――」
そんな言葉を聞いて、アカネは、よりいっそう落ち込んだ。
せっかく声を掛けてくれたのだから、誘いに応じて一緒に遊びに行くべきなのはわかっている。
しかし、それができるのなら、最初からこのような状況には陥らないだろう。
過去に、そうやって無理に遊びに言ったことも何回かあるが、その場のノリや場の空気に合わせるのが苦手なアカネが行っても、場をシラケさせてしまったり、変に気をつかわせてしまうだけだ。
酷い時には、置物のようにいないものとして扱われたことさえある。まあなにも話さないアカネが悪いのだが。
そもそも、自分が興味を持てない遊びや話を友達のに合わせることができるのは、アカネから見れば、かなりの高等スキルで、無理に合わせようとすることが、状況を余計に悪くすることを、小学校と中学校でイヤというほど味わった。
――高校の帰り道、1人横浜の街をトボトボと歩く。
春の遅い札幌と違い、横浜の5月はすでに30度を超える暑い日もあり、札幌育ちのアカネには、辛い日々が続いていた。
結局、1人で本を読んだり音楽を聴いたりしているのが、自分には一番合っているのだと思いながらも、同級生達と交わらず、1人で過ごす高校生活はとても寂しいことだと思う自分もいる。
そして、そんな現状を変えることのできない、不甲斐ない自分に嫌気がさし、アカネは変化を求めていた。
「なにか興味が持てることが見つかって、同じことが好きな友達と出会えればな……」
もうすぐ6月になり、横浜では北海道にはないジメジメとした梅雨が始まる空気が漂っている。そんな天気がアカネの気持ちをより暗くさせた。
※
アカネが横浜に引っ越してきてから2回目の日曜日。やっと部屋の片付けや転入後の雑務が終わり、ひさしぶりの休日だ。
天気もよく初夏のような日差しが降り注いでいるが、気温はそれほど高くなく、北海道育ちのアカネにとっても過ごしやすい、外出にはもってこいの陽気となった。
相変わらず友達はできず、クラスで浮いた状態が続いているが、悩んでばかりいるのもよくはないし、これから長く住むことになる横浜の街にも慣れなれていかなければならない。
アカネは気分転換も兼ねて、まだ行ったことのない〈みなとみらい地区〉へ買い物に出かけてみることにした。
みなとみらい地区は、横浜港に面した再開発地域で、オフィスや大型ショッピングモール、ホテル、遊園地などの他、港町横浜の歴史を感じさせる古い建物が改装されて博物館やレストランになっていたりと、観光地としても有名な場所だ。
札幌にいたころから行ってみたいと思っていた場所の1つだが、引っ越したばかりで忙しかったために、まだ一度も行ったことがなかった。
そんな賑やかな場所へ1人で行くことに寂しさも感じたが、母は家の片づけがまだ忙しく、妹も中学の部活で家にいない。
ふと、一緒に遊びにいける気の合う友達でもいればと思ったが、そんな友達が誰もいない現実が、アカネをまた落ち込ませた。
「しっかりしなきゃ!」
――気持ちを切り替え朝の9時半、アカネは1人、〈JR桜木町駅〉の改札を出た。
ちなみにこの駅は、1872年に日本で最初の鉄道、新橋~横浜間が開通した時の横浜駅として開業し、1915年に東海道本線の延伸により、現在の横浜駅にその名を譲るものの、その後も車社会が到来するまで、横浜港との連絡や貨物輸送に活躍した、由緒ある駅らしい。
東京駅などのように昔の面影を残す駅ではないが、そんな歴史に想いをはせながら、建物や周りの地形を見て過去を想像するのがアカネは結構好きだ。
横浜の街には、歴史的建造物も多く残っているそうなので、きっと好きになれると思っている。
もっとも、このような感覚が今どきの女子高生としてちょっとズレていて、それが友達がいない原因の1つになっていることも自覚はしているのだが……。
――駅前は、日曜ということもあり、混んでいるかと思ったが、時間が早かったこともり、まだ街に人は多くない。
「どうしようかな……」
どこに行くかを決めずに来てしまったので、ちょっと立ち止まって悩んだが、とりあえずは、横浜で一番高い建物である、〈ランドマークタワー〉に行ってみることにした。
作品名:陸《おか》の帆船《ふね》においでよ 作家名:SORA