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ウエストテンプル
ウエストテンプル
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ナイトメアトゥルー

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会話の種類の中でどうしてもオチがつけられない話がある。
それは昨晩に見た夢の話だろう。
何故なら、人の脳内の話を聞いた所で何もプラスの材料にならないことは明白だからだ。


そんな、誰が聞いても、はたまた誰かに聞かせた所で誰にも得をさせない話をするのは、いささか気が引けるのだが、心の中に抱いてしまっていたモヤモヤを晴らすのに、誰でもいいから聞いて欲しい気持ちからこの話をすることにした。


それにどうも最近、俺が見ている夢は自身の脳内だけに留まってはいないような感覚を覚え始めたこともある。
それはこの夢らが現実の延長線上のように感じてしまうからだ。


よってそれを話す決意が固まった。
それは、満月の日に決まって見る夢の話。

                    ※


「伊達 いすみです。
中学までは仙台に住んでいました。
この進学校に入学したく単身上京しました。
よろしくお願いします。」


入学式後の初めてのホームルーム、最初の各自自己紹介を手短に済ませ着席した。


着席してクラスの中を一通り見回す。
(やっぱ、知っている顔は無いか…わざわざ地方から出てきたのなんて俺ぐらいだけだよな……。)

4月、俺は高校に入学した。
中学まで15年間過ごした仙台を離れ、東京の中でも有数の進学校に数えられる私立秀桜高校に通う為、都内で1人暮らしをすることになった。


部活動の特待生でも無いのに、白河の関を越えた越境入学には理由がある。
それは、環境が変わればあの変な夢を見なくて済むかもしれないという淡い期待があったからだった。


ところで先程から{夢}と言うキーワードを何度か使っているが、この{夢}は憧れや達成したい未来を指す言葉では無いことについては注釈はいらないであろう。


俺はひと月のある日に決まった{夢}を見る。
言い換えると満月の夜に同じような内容の{夢}を見る。
それは、自分の体のサイズが小さくなり、気になっている女の子に、踏み潰されたり、喰べられたり、弄ばれたりする悪夢である。

ちなみに、その小さくなるサイズはその日の{夢}ごとに違う。

例えば、ある時は米粒程の大きさ、またある時は16センチ程の大きさといった具合である。
厳密に言えば、一番大きい時は前述の16センチ程で、極小の時は細菌レベルにまでなったこともある。

その中において通常の夢のように痛みが無ければ、捉えようによっては幸運なのかもしれない、しかし、実際にこの悪夢は夢の中とは言え痛みを感じてしまうのである。


さて、この悪夢の内容ではあるが、たいてい見る{夢}は弄ばれる夢で、その時は激しい痛みを感じたまま長時間耐え続けなければならなく、運が悪い時は踏みつぶされたり喰われたりするシーンにまで発展し、夢の中で死を迎えてしまうのだ。

しかし、仮に死んだとしても夢の中の出来事なので必ず朝は来る。
ただ、その{夢}の中で負った傷の痛みをある程度に残してである。
もちろん、死に至った時の痛みは筆舌に尽くし難い…。


こうした誰にも相談できない悪夢を見るようになったのは、自分の体と異性との体の違いを明確に意識し始めた頃だった。
その当時は、あの悪夢を見る事を避ける為に自分なりに考えられる事は思いつく限りに試した。
例えば、「眠らなければあの悪夢を見る事は無い。」と仮説を立て、悪夢を見る満月の日は夜通し起きることに挑戦したのだが、どうしても23時になると激しい睡魔に襲われ、必ず眠りについてしまうのであった。


また、その{夢}に出てくる気になる女の子の定義もあいまいで、学校のアイドル的な存在の子から本物の芸能人のアイドルと幅広い。

ちなみに入学前の3月の満月の夜は、アイドルグループのセンターの女の子の携帯ストラップになる{夢}だった…。

だから、旧暦での日付が15日に近づく度に俺は憂鬱な気持ちになる。
えっーと…、今日の月齢はいくつだっけ…………。


と、そのようにぼんやりと考え事をしていると、
不意に耳から入ってきた情報が体の中に電流を走らせた。

「追浜 叶絵(おいはま かなえ)です。
小学校までは仙台に住んでいました。
中学は成塚二中でした。
よろしくお願いします。」

名前と地名の2つのキーワードが月齢計算に割いていた脳の活動を転換させた。


仙台だと?
俺と地元が一緒じゃないか?

でも、成塚二中てのは初耳だ…。

しかし、名前は………、
追浜…叶絵?

まさか!!

今、自己紹介をした人物へ目線を向ける。
するとその声の主はニコッと微笑み返した。
その微笑みは俺に向けたものか、はたまたクラス全体に向けてのものなのかは定かではなかったが、その表情にほんの一秒だけ釘づけとなってしまった。

整った顔立ちにショートカットの髪型、そしてこれらを十二分に引き立たせる可愛い笑顔だった。


追浜って…あの追浜かよ!?
いや…マジでわからなかった…。
まさか、ここにこんな知り合いがいたとは…。
だって、変わりすぎだもん…。

…………。
………。
…………。

あの悪夢の話は一旦置いておこう。
今、自己紹介していたのは、幼馴染の追浜 叶絵だ。

幼稚園から小学校六年間ずっと同じクラスであり、それに加えて家も近い地理的な関係上もあってか、生活のほとんどを共有していた女の子だった。

それは、食事から風呂、時には布団まで…。
まさしくおはようからおやすみまでの関係であった。
とは言え、彼女との思い出はそれっきり。
中学に上がる直前に追浜 叶絵は、親の都合で東京に引っ越してしまったからだ。
幼い時の別れは大人よりも再会は難しい。
と、現実的な事を悟りつつあった時だっただけに、拭い去れない寂しい思いをした事も事実。


ともかく、これが俺と追浜 叶絵の関係。


さて、ここであの悪夢の話へと話の本筋を戻したいのだが、追浜 叶絵とはそんな関係だったことにプラスして思い出が小学生の時期で止まっていたということもあり、彼女が例の悪夢に出てくることは無かった。

そもそも、こいつなんかを気になる要素が全く見当たらない。
つまり、特殊な性癖の持ち主の人を除く一般的な人が、実の姉や妹に対しては何も性的感情を抱かないのと同じだ。


言わば、俺達はきょうだい同然の関係だったのだ。


少なくとも小学生の頃の思い出の範囲内だけだったらそれ以外のなんでもない。
良い意味でも悪い意味でも。
しかしながら、人間と言うのは不思議なもので互いの接点が少しでも無くなると、それをきっかけに全く話さなくなってしまう危険性を帯びている。
ましてや空間的な距離が大きく離れてしまえば相当の努力をしない限りこれまでの人間関係を維持できないのだ。

よって、体と精神の成長と性徴によって悪夢に苛なやまされる事となった時期にはすでに追浜 叶絵はもう過去の人になってしまっていて、さらに中学も3年の中盤になった時には、彼女のことはうっすらと記憶の片隅に留まっている程度の存在でしかなくなっていた。


きょうだい同然だったにも関わらず。


ん、あー、混乱しているなぁ…。
追浜 叶絵をどう思っていたのかしっちゃかめっちゃかになってるよ…。